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気体

 矢継林続期は誰よりもこの戦いを早期決着させたかった。竜宮真名子の復活を確認したのである。それは因幡辺や白神棗も気がついていたはずだ。だが、矢継林続期は柵野眼を警戒している。事実を確認し、何がどうなったのかを目の当たりにせねばならない。こんな化け物を相手にしている暇はないのである。しかし、立場上は持ち場を離れられない。緑画高校たちが向かって行った方向にいるコイツを、野放しに出来るはずがない。


 「でも気持ちとは裏腹にコイツが倒せないにゃあ」


 賢い矢継林続期は打撃を一時中断していた。これ以上無駄に打撃を放っても疲れる一方である。


 「さっき舌を出した時は攻撃出来たにゃあ。実体化する瞬間があるにゃあ。…………これ、何の気体かにゃあ? それが分かれば攻略出来そうなのににゃあ」


 煙のような造形であり、実態が掴めない。狂気を含んだ真っ白な気体だ。


 「炎を浴びせて大爆発なんて御免にゃあ。水に付けてで爆発も有り得るから、実体化した瞬間に海水に入れる事も出来ないにゃあ」

 

 考えても結論は出ない。あれから朱の盆も全く舌舐りをして来ない。実体化のリスクを考えて用心しているのだろうか。ヘラヘラ笑っていながら中身は狡猾だ。


 「矢継林続期ちゃん。助けに来たよ。あとは君だけ見たいだから。朱の盆の攻略で悩んでいるんだね」


 「くっ、オッサン。客でもない中年男は黙っていな!!」


 七三分けでスーツを着たエリートサラリーマンのようなオッサン。常に笑顔を絶やさず、明るい表情の緑画高校理事長。渡島塔吾を見た瞬間に態度が急変して、可愛らしい声がドスの効いた声に変わる。猫の威嚇のような目つきに渡島塔吾は震え上がる。


 「そんなに声のトーンを落とさなくても」


 「一番最後で悪かったな!!」


 「別にそんな所を責めていないよ……。それよりも朱の盆の攻略の有益な情報を持っているんだ。奴が舌で舐める攻撃をする瞬間があるだろう。あれは人間の魂を吸い取っているんだ。って、気体のような身体。私が読んだ文献とは違う」


 「あぁ。朱の盆は確かに凶悪な鬼だが、別にここまで奇怪な身体じゃなかった。これじゃあまるで付喪神だよ。現代になってこの世界に適した姿に変貌したのかも」


 渡島塔吾は考えるポーズを取る。顎に手を当てて、俯いて眉にシワを寄せる。解決していない問題がある。どうして、栄螺鬼、蛸入道、蟹坊主、朱の盆。この四匹はここまで邪悪な妖怪になってしまったのか。確かに殺人の経歴を持っている妖怪たちだが、陰陽師が管轄してからはそれなりに大人しかった。陰陽師が妖力で操って暴れさせるならともかく、相棒を持たずに自分たちの意思でここを襲撃していた。


 まるで悪霊のレベル1。その昔に悪鬼や悪霊が人型になる前の姿のようだ。予備群の段階ではある、完全に狂気には染まっていない。しかし、限りなくそれに近い状態まで追い込まれている。誰かがそういう事を施した。つまり……。


 「この四匹は既に陰陽師たちが連れてきた一般人を食べているかもしれない。狂気を含んで暴走している原因はそれしか考えられない。式神に人間を食べさせるなんて……いや、アイツならするかもしれない。妖怪『ぬらりひょん』。まさか……あいつが」


 朱の盆は人の魂を舌で舐めとる妖怪である。つまり、コイツが身体として身に纏っている気体は魂である。人間は死後、魂は霊界へと行く。罪なき死者は青色、罪人は赤、悪霊は黒の魂の炎を宿す。極稀に突然変異で奇妙な色をしている魂は存在するのだが。


 「一般人の魂の結晶体だ。それしか考えられない。コイツは根こそぎ魂を食べて、妖力と共に身体に蓄積していった。そして食べきれなくて口から魂の残り火が漏れている。魂を抜き取られた人間はもう……」


 矢継林続期は真相を知って声が出なくなった。心の中に湧き上がる憤怒の炎による物である。言うまでもないが、式神が人間を食べるなど禁忌なんて言葉で収まる物ではない。時代錯誤もいいところだ。今は平安時代じゃないのだ。妖怪が一般人を襲うなど絶対にあってはならない。まして大量殺人なんて……。


 「ここまで腐ったかにゃあ。陰陽師のプライドってやつが」


 助けられなかった。きっと、人質として用意されていた一般人も何人も殺されたのだろう。あの『しょうけら』のビデオに映っていた女の子も。コイツに舐められて死んだのかも知れない。この妖怪によって死体の山が築かれた事だろう。


 矢継林続期は拳を握り締めた。今まで心の中を渦巻いていた不平不満が燃え盛るように、彼女を爆炎が包んでいく。今までの化け猫が巫女服に憑依装甲していただけではなく、三味線を演奏して今まで援護をしていた猫又も、矢継林続期の服の中に吸収される。


 「お前、その皆様の死体をどこへやったにゃあ」


 朱の盆は耳の届くほど人一倍大きい口を持つが、だんまりで答えない。ヘラヘラを笑っているだけ。気持ちよさそうに。


 「吐き出すにゃあ。今、腹の中にある魂の全てを。お前の3時のオヤツじゃないにゃあ」


 ノーモーションで突っ立っている彼女を見て、好機と思ったのか瞬間的に朱の盆が舌を伸ばして、また矢継林続期の顔を舐めようとする。しかし、その一瞬を逃さなかった。

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