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小屋

 蟹坊主は錯乱していた。狂気を持って戦うという事は確かに生き物の潜在能力を格段にあげて、凄まじい実力を引き出せる。しかし、如何せん持続しない。特に何かショックの大きい出来事が起きれば、容易く崩壊する。


 蟹坊主は確かに戦闘能力は高いが、所詮は伝記にもならない田舎の妖怪だ。人を殺している回数は多いとはいえ、災害レベルに大量殺人を行った形跡はない。不意打ちが専門の姑息な妖怪だ。相手が五芒星の中でも最も精神が未熟な白神棗だったから、偶然にも自分の怪奇に合わせて優勢になっていただけなのである。


 目の前にいる女は、まさに五芒星のルーツ。起源とも表現すべき相手だ。


 「なんで、なんで、なんで、なんで?」


 「それが第二問か?」


 持っている妖力の量が最大とも言える。莫大なエネルギーに加えて神格化された身体。まさに陰陽師を創り出した神様の娘に相応しいポテンシャル。桜の花が咲くように美しい女性で、桃色の髪に真っ白は肌。安産や子育ての神として知られる神様である。


 「いや、あの、その、えっと、第二問は……」


 「お前、ここがどこだか分かっているか? 迷い家という妖怪の中だ。この空間内は全て私の自由自在だ。本物の狂気という物を教えてやろう」


 小屋の中から植物の弦のような物が飛び出した。巨大な蟹を絡めとり、宙に浮かせてしまう。蟹坊主は慌てて自分の本来の大きさに戻ろうとするが、全く膨らまない。それどころか、どんどん妖力を吸収されていく。


 「なんだ、これ……」


 「私の器である白神棗がどうして信じられない程の妖力を持っていると思う? 別に自分の身体で生成した物じゃないんだよ。昔に生きていた悪党や悪鬼、悪霊から奪ったのさ。妖力を身体から根こそぎ奪ってしまう。そうやって肥大させていった」


 植物が他の生き物の養分を奪うように。生命エネルギーそのものを奪う、それが木花咲耶姫の能力だ。蟹坊主は身体を膨れ上がらせて、家ごと破壊するつもりだ。だが、全く力が入らない。それどころか、逆に身体が弦に締め付けられて、縮んでいる気がする。身体の立体的大きさが縮む理由は妖力を奪われているからに他ならない。


 「ぐあぁぁぁ」


 「私を受け継いでいるのが、この身体の持ち主である白神棗。私の妖力を受け継いでくれている。だから、もしかしたら貴方が最も難敵を相手にしたかもね。残念でした」


 蟹坊主は殻も残さず消え去った。全ての肉片や甲殻までも弦の中に消えてしまい、跡形も無く消滅した。


 「知っていた? 迷い家に入り込んだ人間は、何人たりとも帰れない。貴方はまるで自分の思い出の要領で殺しにきたのだろうけど、実際は私たちの罠にかかっていたのよ」


 ★


 「他の式神の妖力が消えたにゃあ。くっ、アタシが最後になってしまったにゃあ」


 物理的な攻撃が当たらない。そんな致命的な要素に矢継林続期が苦労していた。彼女は依然として戦っていた。北九州側に逃げた陰陽師を追わせる為に、朱の盆を押さえつけおく役割もあった。倒せばいい他の五芒星よりも条件が悪かったのはある。


 「でも、他の妖怪は全てが水属性だったにゃあ。火属性の私が相手をするのはキツイにゃあ。唯一、相手に出来る火属性のコイツを仕留めないと、皆に顔向け出来ないにゃあ」


 一つ目の巨大な鮟鱇。鬼のように角を生やし、目は星のように輝き、口は耳まで裂け、牙をかみ鳴らす音は雷鳴のとどろくよう。朱の盆は図体が大きい。そして実態は雲のように気体で出来ているから、表面を殴る事が出来ない。まるで煙のような相手だ。


 「ただ、一度だけは背負投げが成功しているにゃあ。きっと、コイツが実体化するタイミングがあるはずにゃあ。例えば攻撃に移るタイミングは実体化するんじゃないかにゃあ?」


 朱の盆は気色悪く笑う。そして、意味もなく小さく跳び跳ねる。


 「この身体は何で出来ているのかにゃあ。雲ならば水蒸気、煙なら砂や埃。でも、そんな感じはしないにゃあ。もっと、何か炎に近い物体にゃあ」


 朱の盆は攻撃してこない。ただ嬉しそうに矢継林続期を眺めて上下に揺れるだけである。戦闘の意思がないのか、先程まで五芒星を皆殺しにする作戦だと決め打っていたが、ただ足止めがしたいだけなのか。


 「こうも無反応だと戦い辛いにゃあ。どうにかして攻略法を見つけにゃいと」


 猫又で音波による幻覚を仕掛けてみるが、何の効果もない。幻覚にかかっているのか分からないが、瞬きもせずに、星のように目を輝かせている。意味のない方向にひれを振り回して、まるで子供が寝転んで遊んでいるようだ。


 「コイツ、言葉も喋らないし、攻撃もしてこないし、このまま放置しても大丈夫じゃないかにゃあ。何がしたいのかもよく分からないにゃあ」


 少し油断していた。彼女が一瞬だけ明後日の方向を向いていると、朱の盆の裂けた口から舌が飛び出してくる。そして彼女の顔を横から舐めた。ベットリとした粘液が髪にくっつく。


 「なにするにゃあ!!」


 自分の身体の異変に気がつき、一瞬で反撃に移る。すぐに畳んでしまった舌を掴む事は出来なかったが、ようやく煙のようにパンチが炸裂した。そのまま朱の盆は地面を引きずって後方に吹っ飛んでいく。


 「当たったにゃあ。どうして今だけ当たったにゃあ?」

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