風鈴
西洋のドラゴンとアジアの龍は、カードゲームなどでは一緒くたにされるケースが多いが、言ってしまえば本質的からしてそもそも全く関係ない神獣だと言ってもいい。
ドラゴンは悪魔の手先や宝箱を守る番人、その他人々を苦しめる厄災などの意味あいが多く、邪悪なイメージの方が大きい。西洋文学ではよく悪役として登場する。退治された話も多数だ。今のバトル漫画が好きな子供には分かりづらいかもしれないが、ドラゴンとは基本的に『悪』な生き物なのだ。
翻って、龍は神聖な生き物として捉えられている。中国にはどこの文学にも負けない御伽話があるが、その中でも龍が悪い生き物として描かれているのは少ない。例えば罪を犯した罪人を裁くという要件では、猛威を振るったかもしれないが。
有名な話は四聖獣だろう。白虎、青龍、朱雀、玄武。その中にも『青龍』と呼ばれる龍が出てくるが、彼らは守護神、つまりは守り神という意味で、人々に対しありがたみのある生き物だ。三蔵法師の馬も確か龍だった気がする。
「龍が生んだ子供の中でも龍の姿に似通ったのは俺と『睚眦』の野郎だけ。でも似通ったってだけで、実は龍の姿と完全一致じゃない。結局は九匹とも龍の姿は保てなかった。俺もな……」
須合正樹の服が破れた。その瞬間に鈴の音が鳴り響く。鈴の音色と言っても、そんなに夏の暑さを吹き飛ばすような風鈴的な意味ではなく、お寺に置いてありそうな、あの大晦日に鳴り響くあの音だ。
奴の形状が変わった。大きさは先ほどに見た骨だけの鯨といい勝負である。決して空には浮かばずに四足歩行しており、階段の高低差で顔がよく見えない。皮膚は鯉のような色鮮やかな色彩ではなく、鱗というよりは岩石の切れ目にような、そんなひび割れ方をしている。
「好機です。姉君逃げましょう。先ほどの妖力開放でこの争いを感知された絶花様が必ずこの場所を特定し、下山してきてくれるはずです」
「でもこのままじゃ負けちゃんでしょ……。あいつ」
「致し方ありません。これも定めです」
気に食わないやつとは言え、私を庇う為に危険を顧みず割って入ってきてくれた仲間に対して、置き去りにして逃げるなんて。それこそ卑怯者だ。打開策がないなら仕方ないと思うが、一応は対策はある。
「式神契約……」
この蒲牢と契約すれば私は晴れて陰陽師だ。本当に絶花に勝てるほどの陰陽師になれるかもしれない。私は特に陰陽師には興味がなかった。なりたいと思ったことなどない。しかし……この状況が打開できるなら……一考といった次第である。
迂闊な判断は身を滅ぼすかもしれない。しかし、私がこいつを見捨てれば、それはそれで私を罪悪感が蝕むことになる。
「やっぱり私は戦うよ。別にこいつは日本の妖怪じゃないんでしょ。だったら陰陽師になんてなる必要ないじゃない。契約なんて簡単に破棄すればいいんだし。あの悪霊を倒してこいつとの縁を切れば万事解決よ」
「そんなぁ」
口が見えないのであの龍の姿で声を発したのか分からないが、須合正樹の呆れた声が聞こえた。
「…………形成は不利。しかし、まだ契約していない今ならコイツも殺せる」
私の偽物が動き出した。折りたたみ傘を纏う闇で染め上げて、降りかかるように蒲牢に襲いかかる。奴は受け止めることはせず、そのまま後方へジャンプし、私を腕で捕まえた。
「宜しい。それでは私の妖力を体内に注入する」
「させるか!!」
偽物の私が怒りを顕にしつつ、階段を駆け上がってきた。意地でも式神契約をさせない気である。しかし……私の腕にも武器はある。折りたたみ傘……唐傘。絶花がやっていたように、傘を開くモーションで何か思いをぶつける。
「こっちへ来るな」
傘を一気に開いた。その瞬間になにか目に見えない空気弾のようなものが、私の目の前を直進していくのが見えた。
「ぬあぁ!!」
偽物の私はこんなタイミングで反撃に出るとは予想していなかったのだろう。技は腹部に直撃した。そのまま足を滑らせて転倒。階段を転げ落ちるなんてホラーな展開にはならなかったが、それでもアスファルトへもたれかかった。
「おぉ」
「いい加減に私の姿をやめろよ」
反撃が成功したのは、別に私が陰陽師として目覚めたからとか、そんな理由じゃないと思う。貰った蒲牢の妖力が体に流れてくるのが途中から分かった。それが身体を巡るのが分かったから、起動を全て腕に集中させて、そのまま唐傘を砲弾にして発射した。
ここまで全て仮想的なシュミレート。ただの賭けである。だが、どうやら私の考えは当たったらしい。自分で妖力を生み出せなくても、誰かから供給して貰ったものを使えばいい。
「やはり……特殊固体だな」
「はぁ? あの悪霊なら確かに他のとはレベルが違うらしいけど」
「いや、そうじゃない。お前だよ、お前」
…………私? 私のことを言っているのか?
「式神契約を完了した。……これで需要と供給は完成している。しかし、これでは……陰陽師はまた決まっていたはずの論理が崩れたな……」