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降霊

 降霊術という物がある。過去に生きていた人間の魂を自分に憑依させる能力である。


 「質問に答えない奴は殺す。そういうこと……」


 蟹坊主の物騒な声を聞きながら、現れた古小屋に隠れる。第二問とやらを真面目に考えるもの考えたが、もし不正解だった場合や、解答が思いつかなかった場合は、一瞬で勝負を決められる危険性がある。その質問攻めが何度続くかも分かったものではない。なるべく式神を壁にして、自分との距離を保ちつつ、上手く奴を仕留める方法を考えなければならない。


 「私って引き籠ってばっかりだな」


 迷い家の中で打開策を考える。奴の甲殻を一撃で破壊してくれる妖怪は、持ち合わせていない。なまはげは絶賛、二匹で蟹坊主を押さえ込んでくれているが、あの包丁では傷を付けるのがやっとである。口からブクブクと吐く泡で、天狗の旋風が効かない。小型妖怪の物理的攻撃が通らないので、折角に大勢の妖怪で取り囲んでいるのに、人海戦術の旨みを活かせていない。


 「この前の夜憧丸もそうだけど、元から防御力が高い妖怪って嫌いだな」


 必要なのは協力な一撃だ。槍で突き刺したり、ハンマーで叩き割ったり……。怯えているせいか、上手く考えが纏まらない。無限とも言うべき手札を持つ白神棗の、その自分の出来る行動の選択肢の多さが、逆に彼女を苦しめていた。


 「お母さん……。お婆ちゃん……」


 母は悪霊との死闘で命を落とした。祖母ももう戦える年齢じゃない。自分が頑張るしかないのだ、自分が五芒星として……。自分には荷が重過ぎる事でも、無理を押し通さなくてはならない。だが、現実は非情であり残酷である。迷い家の玄関の扉が開く音がしたのだ。妖力からして味方ではない。この感じは……。


 「こんばんわ」


 「き、きやぁぁああ!!」


 悲鳴をあげた。蟹坊主が雲水の格好をして家の中に入ってきたのである。普通で考えれば、鎧を脱いで弱体化している上に、サイズが小さくなったので、倒しやすくなったと考えるべきだ。


 「謎々、やるの? やらないの?」


 だが、白神棗は声がでない。包丁を握り締めたまま、胸に両手を固めて置いて、震え上がっている。ただ恐怖に歪んだ顔で蟹坊主を見るしかない。蟹坊主はいかにも旅の優しそうなお坊さんの格好をしている。表面上は朗らかだが、頭の中は捕食の事しかない。


 「た・べ・て・も・い・い?」


 気色の悪い笑顔に変わった。狂気を全身から垂れ流して、口から大量の唾液を滴らせながら、嬉しそうに部屋の奥の壁にいる白神棗を眺める。好物のお菓子を差し出された子供のように。

 

 「嫌だ、死にたくない。死んでたまるか……ううう……」


 彼女は目を瞑った。立ち向かう覚悟を決めたのではない。また現実逃避だ。彼女はまだ戦えるだけの精神力が備わっていなかった。大型妖怪で能力値が高く、狂気に満ちて暴れまわる妖怪に立ち向かえなかった。彼女は倉掛絶花と同じ中学生だったから。


 「お母さん……」


 母の顔が目に浮かぶ。涙を流しながら、祈るように両手を重ねて屈伸し身体を縮ませた。と、同時に蟹坊主の腕が巨大な蟹のそれになる。そして、少女に向けて容赦なく大鋏が振り下ろされた。


 「___________っ」


 そしてその腕が遥か後方に吹き飛んだ。一瞬のことで、蟹坊主は事実確認が遅れる。恐る恐る自分の腕を見てみると、そこには何も無かった。


 「ややや!!」


 優しそうなお坊さんの顔が豹変する。全身が巨大な蟹の姿に戻るが、迷い家の建物の大きさに合わせた、人間よりも一回り大きいくらいの感じだ。その黒い点のような目で、殺そうとした白神棗の方を見る。そこには、自分の知っている女の子の姿は無かった。


 「お前さん、どこのだれじゃ!」


 蟹坊主の必死な叫びに、少女……いや、女は笑う。身長が高くなり、身体的特徴も成人女性のそれになり、今まで着ていた旅館の女将の格好ではなく、十二単を着こなしている。そして凄まじい妖力の量である。まるで覇気を撒き散らすかのように威圧感を放っている。その場にいたのは、白神棗であって、そうではない。


 「木属性の五芒星。白神棗。『イタコ』って話は聞いていたが、いったい誰を憑依させたら、身体のつくりまで変わるんだ!?」


 蟹坊主はさっきまでの狂気に満ちたキャラクターを捨てて大いに取り乱す。未知の存在かつ、圧倒的な妖力の総合量の差。震え上がらずにはいられない。期せずして、閉じ込められている側が逆転していた。


 「私の名前は木花咲耶姫このはなのさくやひめ。天照の娘よ」


 木花咲耶姫。まだ陰陽師に属性の概念がなく、五芒星の人数が揃う前の複合属性を担当していた五芒星である。火、土、そして木属性を操ったとされる。


 「あ、あの……天照の娘。降霊術でそんな奴を引き込んだのか」


 「それは半分正解。半分不正解。確かに彼女は『イタコ』として降霊術の才能がある。でも、彼女が意図的に私を魂の中に入れたと思う? 五芒星は死後も過去の記憶や感情を次の世代に残しておくの。妖力の感知や陰陽師の適正な審査の為にもね」


 だから公算的に過去の五芒星を引き当てられる可能性が高い。しかも、今の白神棗の身体に入っているのは、陰陽師創設者の娘である。


 「さぁ、第二ラウンドといこうか」

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