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雲水

 ★


 「これ、どうすればいいの?」


 「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何ときいかに?」


 白神棗は即答する。答えを初めから知っていたから。


 「カニでしょ」


 「正解」


 場所は開門海峡を抜けた山口県側の広大な土地。霊界なのでどんな場所でも薄暗く、気味が悪いのだが、腐食している橋の上よりは幾分かマシだ。蟹坊主は待ち構えたいたように、じっとその場所から動かない。白神棗はその場に立ち止まった。3メートルある巨大な蟹を睨んだ。


 蟹坊主は日本中に伝承がある。蟹坊主は雲水と呼ばれる愛称で知られる旅するお坊さんとして行動していたからだ。寺に出没して、謎かけをして正解すればそのまま帰り、失敗すれば殴り殺して食べてしまう。弱点は金剛杵こんごうしょと呼ばれる法具で、インドから奈良時代に日本に伝わった、中央に柄がある棒状の武器だ。


 「持っていないんですけど」


 陸上戦が有利と思い、水の上の妖怪を他の連中に任せて陸にいるコイツを仕留めようと思った。水属性であるが、蟹ならば陸上で戦える。しかし、蟹坊主は妖怪の中でも珍しく打撃系の攻撃を得意とする妖怪だ。四メートルもある巨大な身体から、鋏による正拳が繰り出されるのである。同じ鋏を持つ網切とは全く趣向の違う妖怪なのだ。


 「でも、蟹坊主って確か蛸入道と同じでお坊さんの格好をしている妖怪じゃなかったっけ? なんで武士の格好をしているのよ」


 頭の上に兜、腰には鎧を纏っている。戦国時代にお坊さんも武装して戦ったとされるが、それでも雲水として知られる蟹坊主には似合わない。


 「第二問」


 「まだやるの!? 確か謎かけは一回じゃなかったっけ? コッチはあんたと遊んでいる程、暇じゃないのよ。さぁ、私の式神たちよ、あの蟹を粉砕しなさい」


 天狗、山姥やまんば、蝶化身、ろくろ首。とにかく大量の妖怪が御札から溢れ出してくる。最後には二匹の巨大な妖怪である『なまはげ』が姿を現した。なまはげが身長2メートルなのに対し、蟹坊主は全長が4メートルで、身長は3メートルもある。蟹坊主の方が少々大きい。


 だが、そこは人海戦術である。天狗や蝶化身が山姥を乗せて空を飛び、上空から蟹坊主の頭上へと捨て去る。山姥はお得意の包丁を使って、蟹の甲羅を切り刻む。貫通はしないが、少し傷が入る。だが、同じ場所を何度も傷つける度に、それが大きくなっていく。


 「謎なぞなんて子供っぽい。興味ないのよ、バカバカしい。さっさと倒して、あの忌々しい相良十次に貸しを……つ……く……」


 蟹坊主が逃げた。第二問を叫んでから、その質問を拒否していったいどんな攻撃を仕掛けてくるかと思っていたが、なんと地中深くに逃げ込んでしまったのだ。蟹坊主は水属性の妖怪だが、土に潜るなんて芸当は文献には無かった。言われてみれば蟹のしそうな事だが、そんな発想にもならなかった。水中で戦えばこんな芸当は味合わなかっただろう。


 「あの鎧といい、質問を増やしている事といい、どうやら蟹坊主も進化している」


 ただことわざに『蟹の穴入り』という言葉があるように、慌てて穴に逃げ込む様子から、慌てふためく状態だという事が分かる。


 「よほど私が怖いみたいね」


 根拠の無い自信で勝手に盛り上がる白神棗。彼女はまだ幼い、五芒星の中でもダントツの最年少だ。まだ正式に白神柄杓から継承されていない。五芒星の素質から実力は申し分ないのだが、如何せん子供っぽさが抜けない。すぐ油断するし、ピンチに滅法弱い。


 突然、地震でもあったかのような揺れを感じる。尻餅をついてその場に倒れ込むと、自分が既に攻撃を受けている事を、この段階で悟る事が出来た。蟹の念仏ねんぶつ。くどくどと呟くと口に泡が貯まるように、蟹が口の中でぶつぶつ泡を立てている。白神棗の真下で。地盤沈下はこれが原因だ。


 「ヤバい。逃げられない!!」


 間一髪で天狗に助けられて上空へと避難する。地上に起き上がってきた蟹坊主は、ギロっとした目で上空の白神棗を覗き込んだ。見ると、泡に絡め取られて全身に張り付いていた山姥は全滅。既に何匹かの蝶化身も、鋏によるパンチで撃ち落とされていた。スピードで勝る天狗は上手く躱している。


 「ははは。もっと簡単に倒せると思っていたのにな。蟹坊主ってこんなに強い妖怪だっけ? つーか、私ってなんで戦っているんだっけ? あはははは」


 淡水・汽水・沿岸域から深海や洞窟まで、様々な水域に色々なカニが生息する。考えてみれば、蟹という生き物はあらゆる戦場で戦える場所を選ばない妖怪だ。今までの文献は質問に答えられれば逃げ去ったりと、あんまり打撃攻撃以外で目立った特徴が無かった。なのに……。


 「メチャメチャ強いじゃない」


 下手な正義感を出して前に出るんじゃなかった。そう思いつつも、目の前の絶望に屈して山に引き籠った自分を思い出す。他の連中は世界を救う為に動き出していた。現実から目を背けたのは自分だけだった。そう考えると心が痛い。


 「迷い家っ!!」


 何のために戦っているのか、誰の為に戦っているのか、そんな事はどうでもいい。今は暴れまわる妖怪を食い止めるのだ、五芒星の役目を果たす為に。古い木造の小屋のような妖怪が姿を現した。


 「ちょっと無茶もしてみようかな。汚名挽回したいし」

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