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入道

 因幡辺は焦っていた。自分が世界から必要とされていないと思っていたから。天照様に瀕死の所を助けて貰った。その後、神の使いになって粉骨砕身で働いた。でも、彼の人は消えてしまった。全てを我々に預けて。でも2000年の歳月を境に、あの人が創り出した平和が綻びようとしている。阻止できなくては、任命された意味がない。


 「今の世界が平和なのは、全て彼女の施しのおかげだ。それを感謝もせず、こんな馬鹿な行いをして、陰陽師として恥ずかしくないのか。アッシは今までこんなに苦しんでいたのに!!」


 あの人から与えられた優しさを、世界を救う力にする為に。でも、今まではここまで陰陽師の世界が混沌とした事は無かったから、今までは合戦が起ころうと、戦争が起ころうと、党首が死ぬ事など無かった。根絶やしになったのは今回が始めてだったのだ。


 「アッシは負ける訳にはいかないでござんす。天命をまっとうする。今ここで世界を救えねば、あの時に救って貰った優しさに報えない!!」


 因幡の白兎は、八岐大蛇にも匹敵するくらい古い妖怪である。いや、妖怪と表現して良い物か悩むくらいだ。ウサギは島から本土へ渡ろうとした。その過程で和邇ワニを騙して海を渡ろうとし、ワニを並べてその背を渡ったが、逆に和邇に騙されて毛皮を剥ぎ取られてしまった。泣いていたところを天照に助けられる。これが古事記の内容である。


 当時の日本にワニが生息したというのは、とても信憑性に欠ける文献だ。鮫やうみへびという記述もある。鮫は河口までやって来るのは珍しくなく、淡水でも生きられる種類もいるからだ。はたまた、ワニの姿に似た怪物だったとも言われる。それは定かではない。


 「因幡は鳥取県頭部だ。出雲の限りなく近いな。日本地図の地位付けでは中国地方を守っていたのか。しかし、白兎神社は出雲と同じ島根県のはず。彼女はいったい、どこに隠れていた……」


 自分の情報収集能力に自信を持っている渡島塔吾は、まだそれを考えていた。遠目から海水の上を飛び回って触手と交戦している因幡辺を眺める。各地の白兎神社は全て回った。しかし、彼女の居場所を指し示す情報は一切無かった。彼女を見つけられなかった理由をいまだに模索していた。


 「アッシ、これでも海水は好きなんですよ。身体を洗い流してくれた水が」


 蛸入道の顔面に水がかかった。白容裔が尻尾を海水に漬け込んで、そのまま蛸入道の目に向かって飛び散らせたのである。目の中に海水が入り、触手でまぶたを押さえて苦しんでいる。


 「半魚人というのも困り物でござんす。でも、ようやくアッシに運気が回ってきたようでござんす」


 海の中で暮らす蛸入道にとって、海水が目に入る事など問題ではない。しかし、その水の中には毒が混じっていたのだ。白容裔の目に見えない毒が。急に因幡辺が御札からガスマスクを取り出して、顔に装着する。


 蛸は知能が高く、無脊椎動物であらゆる場所まで潜り込み、砂に隠れて墨を吐き、ほぼ全ての蛸は毒を持っている。だが、蛸入道はさほど知能では活躍しない『入道』と合体している。墨を吐けず、砂に隠れられない。無脊椎動物でもなくなり、身体の柔らかさも無くなっている。折角の知能も台無しだ。おそらく毒もない、身体の部分に入り込んでしまうから。


 「でも、蛸の弱点は引き継いでいる。吸盤の1つ1つが匂いの探知機でござんしょう。この白容裔の悪臭は、さぞ効果抜群にござんす」


 海の上で意味の無く暴れまわる蛸入道。毒が出せない以上は免疫も当然の如く無い。


 「蛸の心臓は3つ。しかし、この毒攻撃ならばお構いなし。いや、その入道と合体した姿では心臓も1つだと思いやすがね」


 完全なる造形ミスだった。蛸はもう少し知能が上がれば、陸に進出して地球を支配出来ると言う学者がいるくらい、他の生物にはない優秀な生物なのだ。短命さを除けば弱点などない、嗅覚だって本来は美点だろう。だが、下手に人間のモデルと融合してしまい、図体が大きくなってしまったので、蛸の生物としての魅力が打ち消されてしまった。


 だから、捕獲不能レベルの妖怪として認定されていない。


 「これにて終いにござんす」


 白容裔の上から因幡辺は最後の攻撃への準備を進める。腰から独楽を取り出して、藻掻く蛸入道へ方向を構える。身体中に溢れる金属性の妖力を独楽の中に注入する。思いっきり振りかぶって回転させた。蛸入道の禿げた頭に直撃した。


 「心臓が駄目なら、脳を潰せばいい。脳が大きい生物ほど賢い。しかし、その大きさが弱点になる。進化は退化に同義ってことでござんすね。お痕がよろしいようで」


 蛸入道は水色の血液を出してその場に飛び散った。今まで頭をガードしていた触手は、強烈な臭いを嗅いで、制御不能に暴れまわっていたので、因幡の攻撃を躱せなかった。グロテスクな死体が海の上に散乱する。


 「白容裔の悪臭と合わせて、かなり海を汚してしまいやした。これも正義の為でござんす。母なる海よ、許してくだせぇ」


 そう格好をつけると、マスクをはずし三度傘を深く被り直し、腰から新しい長楊枝を口に咥え直した。

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