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仏僧

 泣きながら、苦しみを吐き出しながら、必死に訴える。栄螺鬼の動きが明らかに変わっていく。本人の力強い訴えの効果もあるだろうが、その沈静化の能力が大きいのだろう。いや、感情を波として表すのが真髄の能力だ、きっと彼女の平穏さが伝わっていると考えれば、一連の行動全てが彼女の能力なのだろう。


 不愉快至極極まりない。私ならもっと素早く殺せたのに。


 「海へおかえり。もう二度と出てきちゃ駄目だよ」


 (本当に殺さない気かよ)


 「勿論。もう彼女の陰陽師との契約も無理やりに切断したから、彼女は完全に自由の身だよ。元からかなり強引に式神にさせられていたみたい。だけどもう大丈夫」


 (そりゃあ都合の良いことで。で、何で入れ替わった? お前は何時から復活していた?)


 霧に紛れて消えていく栄螺鬼を手を振って見送ると、橋の方を振り返って、また海の上を運動靴で歩き出す。


 「今さっきだよ。五芒星が3人集まった時に」


 (五芒星は互いに妖力を感じ取れるって言っていたな)


 お互いの居場所や記憶は感知出来ないが、感情や妖力の状態は手に取るように把握出来る。接近すれば互いが五芒星だと言葉を交わさずとも分かる。だからこそ、倉掛百花ではない、本物の水の巫女である竜宮真名子が3人の五芒星の呼びかけに応じるように復活したのかもしれない。


 (容姿は完全にお前だからな。この身体は。まあ、意識が無くなっていると思っていたけど、まさか起き上がらないだけとは思わなかった)


 「私も意識が戻った時はビックリしたよ。自分が死んだと思っていたから。でも、生きている。陰陽師の妖力を持っている」


 (そろそろ人格を変わってくれ。傷を回復したい)


 意識が身体の中に入っていく。人格が入れ替わった。と、同時に悪霊の自己修復能力により、ビデオの逆再生の如く腹部の刺し傷が治っていく。右手で腹に触れると、もう跡形も無くなっていた。


 「なんだ、その、すまん。私の父親がお前を殺したから」


 (飛び出しちゃったのは私だよ。あの押し入れに隠れていろって言われていたのに。私こそ御免なさい。陰陽師である私が、一般人である貴方を守れなかった)


 「気にするなよ。私の家族は…………陰陽師の古い考え方に殺された。母親を奪われた。でも、それでもお前の言う通り、誰かにせいにして生きるのは辞めた。陰陽師を無差別に襲うのも止めるよ。これから五芒星として陰陽師の行く末を黙って見守るさ」


 (そう)


 柵野栄助は、私の母親と呼ぶべき悪霊は、こんなエンドを望んでいなかっただろう。彼女は本気で陰陽師を滅ぼそうとしていた人だったから。きっと、あの琵琶湖の底で消えて行った彼女は、無念でならないだろう。こんな不抜けた娘になってしまったから。でも、彼女が言ったのだ。自由に生きろと。


 「だから……私は……」


 (だから百花ちゃんは、ちゃんと成仏しなくちゃね)


 うん? え? あーっと、はぁ?



 「はぁ?」


 ★


 因幡辺は激戦の最中だった。蛸入道はその図体の大きさに加えて、触手のリーチが長く、上手く攻撃を躱すのが精一杯である。しかもここは海上だ。同じ入道の仲間である火間虫入道ひまむしにゅうどうや一つ目入道などが相手なら、どれほど楽だったことか。自分の式神の背に跨るしかない、足場の悪さに苦しめられていた。


 そもそも入道とは『悟りを得ること』、『仏教に入ること』なのだが、妖怪で言い表すと、仏僧の格好をした妖怪である。入道は異形の象徴とされ、強大なもの、横柄な態度が特徴だ。入道雲はその強大な大きさや異形からこの名前が付けられたのである。


 仏僧の格好をして、強く、大きく、更には蛸入道が得意とする海上ステージまである。因幡辺には少々厳しい相手である事は間違いない。


 「アッシも五芒星の端くれ。相手がどんなに強大だろうが、屈したり致しやせん。そもそも捕獲不能妖怪のたぐいまでは認定されていないでござんしょう。入道系の妖怪が大きいのは当たり前。それでいて、強くない!!」


 蛸入道は僧侶のしかめっ面をして、下半身の蛸の足で因幡を絡め取ろうとする。しかし、白溶裔の方がスピードは一枚上手であり、ギリギリのタイミングでヒラリと躱していく。古い雑巾の妖怪だが、腐っても龍の造形である。空中戦はお手の物だ。


 禿げたおじさんが下半身が完全にたこのそれで、胴体部分は仏僧の着てそうな黄色い如法衣を着て、少女と戦っている。傍目から見ると凄い光景だ。倉掛百花が栄螺鬼へ向かって歩いて行ってしまったので、理事長は直接的に関わりのない彼女の戦いを観戦する事にした。


 「彼女の情報だけは手に入らなかった。いったいどこにいたのだろう」


 ここで揃って貰えたのは有り難いばっかりなのだが、渡島塔吾は首をかしげていた。彼女の性格から身を潜めていたと考えられない。


 竜宮真名子や白神棗のようにパワースポットにいたのでもない。矢継林続期のように候補を何人も産んで代わりを用意して、自身は素性を隠して陰陽師機関にいたのだろうか。それとも、調べが着いた土御門家の娘のように、将軍の傍で偉いポジションにいながら世界の動向を見守っていたのか。


 いや、彼女はそのどれでもないだろう。


 「アッシは天照様の御恩を果たす!!」

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