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海賊

 単純にあの栄螺を破壊する方法なら幾多とある。光波干渉で叩き切ればいいし、衝撃波で吹っ飛ばせばいいし、電磁波でも浴びせればひとたまりもないだろう。あの殻から突き出した棘が厄介だ。他の妖怪と比べて恐ろしく動きが遅いので、まだ遠くにいる。このまま橋に接近される前に海の上で倒したい。


 「それにしても、動きが遅いなぁ。私も海に出ないといつまでも戦えないじゃない」


 栄螺は夜行性だが、この霊界は太陽の光など存在しない空間だ。きっと、動こうと思えば動けると思うのだが。栄螺は潮間帯から水深30m程度までの岩礁に生息する、ここはそんなに水深が低くないだろう。特にあんなに図体が大きくて、頭の突起や上半身まで見えてしまっているのだ。少し動きが遅すぎる。


 「知っている? 栄螺鬼って女性しかいないんだよ」


 「えぇ。私は竜宮真名子の知識は引き継いでいます。だから栄螺鬼の伝承は把握しています」


 理事長はまだ橋の上に残っていた。彼は他のメンバーにも注意を配りながら、やはり最重要課題である倉掛百花をマークしている。


 「海賊にわざと自分を助けさせて、そのまま食い殺す。しかも食べるのは睾丸だけ」


 「まあ下心で彼女を襲った男たちが悪いんだけど、男の僕として震え上がるほど怖いね」


 「もう娘がいるって言っていなかった?」


 「それでも嫌だよ!!」


 好色な女が海に投げ込まれてサザエと化し、さらに歳月を経て30年程経って化けたもので、月夜に海上から姿を現して、踊るように狂う。その姿は龍と間違えられるほど。海を荒らす猛者である。伝承に恋愛が絡むストーリーは山ほどある。『雪女』などが有名だろう。正体を暴いてはいけないという。栄螺鬼の場合は家に連れ込んだ時点でアウトなのだが。


 「ああいう女の嫉妬が絡む妖怪は果てしなく強い。並大抵の怨念じゃないからね」


 「妖怪も悪霊も本質が一緒なのかな」


 亜空間切断は絶対的な切れ味を誇る。相手がいかに強固な殻に閉じ込もっていようとも関係ない。しかし、思いのほか近づいてこないので、標準がつけにくい。辺りが海なので風景が一緒で狙いが定まらない。『言刃』は無駄打ち出来ないのだ。空間を引き裂くという事は、別の空間が何かが入り込むということ。対象物が無い空間を切ってしまえば、何が切れるか分かったものではない。


 「どうする? 何か有効な遠距離攻撃はない? 確か電撃砲を出せるよね」


 「海水に向かって撃ちます? どの辺の海域まで生き物が死ぬか分からないよ」


 「馬鹿を言いました。ごめんなさい」


 強過ぎる力をコントロールするもの大変なのだ。地震や津波も出せるのだが、この攻撃は恐らく栄螺だけにヒットしないだろう。敵も味方も全員まとめて全滅だ。音による衝撃波が今のところ一番に現実的だが、それにしても距離が遠い。


 「式神で応戦しよう。確か倉掛百花ちゃんも式神を持っていたよね」


 「唐傘お化けと蒲牢な。唐傘は私が悪霊になったと同時に、波動で契約が切れてしまった。だから今はこの御札では出せない。蒲牢の方はまだ繋がってはいるけど、コイツも悪霊の妖力に毒されているから、今の私よりも危険かも」


 「そ、そんなぁ……」


 項垂れている所を見ると、理事長にも有効な式神を持っていない事が何となく分かる。倉掛百花は使えるかどうか分からない、受け答えや返事をしない蒲牢の御札を月の光に翳して眺めた。コイツはまだ生きているのだろうか、それとも……。


 「時間の無駄かも知れないけど、奴が近づいてくれるまで待つしかないかな」


 倒せない相手ではない。ただ距離感が悪いだけだ。奴が臆する事無く近づけば、それで一瞬で決着がつく。そんなに悩む話でもないだろう。反旗を翻した陰陽師たちを追って行った組の応援に行かなくていいから、楽なばっかりだ。


 こんな能力を手に入れたばっかりに戦いを確実に楽しめなくなっている。空間を引き裂き、光や音を操り、この海の上というステージは自分の能力に最適な場所で、自分の身体の中にある妖力は誰よりも強固で、誰よりも多大だ。負ける道理がない。


 「こんな戦いは私が望んだバトルじゃない。はぁ……でも、こうしている方がいいのかな」


 悪鬼羅刹強襲之構フィーリングアサルトゲイザーは感情を波に現す能力だ。つまり、喜怒哀楽を胸に抱けば、それだけ能力が高まっていくのだ。最終回間際の主人公が奇跡を起こすように。しかし、この冷め切った感情を持ち合わせていれば、仲間や関係のない一般人に迷惑はかけないかもしれない。


 冷め切っている方が、能力が起動しない。世界は平和に維持出来るのかもしれない。


 「栄螺鬼、来いよ。それだけでお前は終わりなんだ……」



 (や…………め…………て………)


 「えっ」


 急にやる気が失せたので下を向いて佇んでいると、心の奥底から声がした。可愛らしくて、優しくて、慈しみがあって、まるで竜宮城の乙姫様にような、そんな優しさに溢れるか細い声だ。


 「なにっ、何か聞こえる」


 「えぇ! そうなの! 僕には何も聞こえないけど!」


 倉掛百花が両耳を塞いて急に恐ろしい顔をする。髪の毛の先から汗が流れ出し、全身に気だるさと目眩を感じる。こんな気持ち悪いのは、自分が悪霊だと認識する時以来だ。明らかに取り乱している倉掛百花を見て、理事長もかなりオロオロと動揺している。


 (こ…ろ…さ………ない………で……。あの子を……)

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