切口
因幡辺と矢継林続期が幽霊列車から降りた。各々別の扉からドアを強引に開くと誰もいない空間に二人が降り立つ。と、ほぼ同時に猫又と化け猫も姿を現した。因幡の式神である白兎も肩から降りて、戦闘態勢と主張するかのように、口に咥えていた長楊枝を吐き捨てた。幽霊列車の中では絵之木ピアノが窓を開けて二丁拳銃を構える。兵力は全く足らない、こんな無謀とも思える戦いに彼女たちは挑もうとしている。
「金属性と火属性の五芒星か。あれ、水もいたよなぁ? こなくていいのかぁ? いくら五芒星でもこの人数を相手に戦うのは厳しいと思うけど」
「余計な心配にゃあ。お前ら雑魚に三人もいらないにゃあ」
「ご自分の身を気にした方がよろしいと存じます。逃げる奴まで追いやせん。しかし、向かってくるなら何人たりとも容赦しない。お命頂戴致しやす」
さて、問題は人質だ。この場の戦闘も充分に気がかりなのだが、彼女たちが譲らないので仕方がない。このまま隠れていても時間の無駄なので、あの監禁されている小学生を救いに行きたいのだが、そんな気持ちで辺りを注意深く見渡して見るが、それらしき建物は見つからない。奴らがもう戦う気でいるのも気になる。なんで人質を盾に交渉しない。よほど自信でもあるのだろうか。
しかし、ひとまず……。
「それより、まず……」
次の瞬間に、天井から化け物が襲ってきた。コチラの兵力が地面に分散するタイミングを狙っていたのである。狙いは当然、竜宮真名子だ。戦力にならない夜回や遠距離戦闘をする絵之木を狙うのも戦いの手段としては正しいのだが、奴らが一番に欲しいカードは水属性の巫女である竜宮真名子なのである。奇襲が成功するのは一度きり、二回目からは警戒される。第一撃で倒すべき相手は戦闘力未知数の竜宮真名子が先決である。
「あひゃひゃひゃひゃ」
気色の悪い波動を垂れ流し、口を大きく開き、カメレオンのように長く伸びた舌からヨダレを滴らせ、その鋭い鍵爪で頭上から襲う。しょうけら、この場に案内した妖怪である。真っ黒な体毛に鬼の形相。甲虫の足に獣の身体。鼻息が荒く、目つきが鋭く、それでいて気色悪く笑う。
そして……。アッサリ真っ二つになった。顔から尾まで綺麗に一直線の切り口が入る。
「お前、能力は暗殺に向いているけど、見た目も身体も特性も才能も、暗殺に向いていないよ」
しょうけらの不気味な笑みが一瞬にして唖然とした顔になった。そのまま喜怒哀楽を示す暇もなく、彼女の頭上で二分割したまま地面に破片が飛び散る。緑色の血液が列車内に撒き散らしたのだが、柵野眼の身体には一滴も掛かっていない。波動で全て弾いたのだ。『言刃』、別名『光波干渉』。頭上の空間を波動の絡み合いで空間ごと真っ二つにしたのだ。
「あーあ。戦うなって言われていたけど、やっちゃったよ」
しょうけらは息を潜める事や、気配を消す努力を怠った。あんなに気持ちの悪い妖力だったら、陰陽師なら嫌でも感じ取れる。そもそも橋の上の行列に紛れて、突然に姿を消したのならば、それは天に逃げられたと悟られて当然だ。初めから暗殺の計画は破綻していたのだ。
「血液が緑色ってことは、コイツは結局は昆虫だったのか。後で掃除しないと夜回に悪いな」
そんな呑気な事を言いつつも、目線は地上で戦っている二人を見つめている。やはり接近戦では彼女たちは強い。矢継林続期は自慢の巫女服に着替えて、三毛猫と融合した事で身体能力が向上している。正拳突きや回し蹴りで次々に海へと陰陽師達を落としていく。猫又の三味線が幻覚を生み出し、敵の動きを鈍らせている。
因幡辺は自身は戦っていないのだが、白兎が恐ろしく強い。あの小さな身体で河童の甲羅を粉砕した。ただの飛び蹴りに負けた河童は、情けなく海に沈んでいく。確か川に生息する生き物だったはずだ、海水は辛かろう。相撲などで有名な河童はかなりの力持ちだ。しかし、柔よく剛を制す。小回りの効いた白兎の勝利だ。気になるのは因幡の腰にある独楽である。あれを武器に戦うと思っていたが、使う気配がない。
多勢に無勢。二人共辛そうである。連戦連勝なのだが、相手の数が多すぎる。一瞬たりとも手が休まる暇がない。絵之木も充分に頑張っているのだが、数十体いる塗壁が邪魔になって銃弾が陰陽師に被弾しない。妖怪『塗壁』とは、夜道を歩いていると目に見えない壁となって通行止めする妖怪である。この妖怪、目に見えないので妖力で察知するしかないのだが、こうも混戦状態だとわかりにくい。
「塗壁が邪魔だ。あの壁の奥にいる陰陽師の本体を狙いたいのに……」
「それにしても、どうやってここまでの戦力を揃えた……。雑魚の集まりだけど……。ここまでの周到な戦略……。この中にきっと指揮官がいる」
「確かに指揮官はいそうだな。誰が党首になりたい陰陽師なんだ」
「いや……党首になりたい陰陽師はいるのだろうけど、ソイツが指揮を取っているとは限らない。私の見立てでは……あのお爺ちゃんみたいな妖怪じゃない?」
塗壁に守られている空間に、異様に一匹だけ妖怪が混じっている。頭が異様に大きい妖怪。古着の焦げ茶色の着物を着ていて、杖を握り締めている。さっきから柵野眼と目が合っているのだ。ほくそ笑むようにコッチを見ている。
「あれは……『ぬらりひょん』」
開門海峡って河童の聖地らしいですね。
調べて知りました。おい、作者!!
来週、大妖怪バトルです




