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咆哮

 私がまるで剣道をするかのように折りたたみ傘を正面に構えて、半泣きで構えている。ここで奴を倒さなくてはこちらが殺される。大丈夫だ、奴は悪霊だから暴行罪には問われないし、なにより自分の身体ではないか。


 「剣道経験者でもない君が、間合いだの狙いを定めることだの、攻撃と防御の駆け引きだの分からないだろう。それでいて、その怯えよう。勝てる勝負も勝てないね」


 奴がじわじわと近づいてきた。狂気を発している訳でも、オーラを撒き散らしているわけでもない。だが、確実にこっちへ向かってくる。確かに勝てないかもしれない。いくらこの状況が互角に見えても、やっぱりそれは幻想で、初めから平等な勝負ではないのだ。


 「さようなら。オリジナル……」


 ★


 咆哮がほとばしった。爆発音のような声が地上全体に鳴り響いた。声の主は須合正樹とか言っていた奴。私の腕をむりやり掴んだり、龍の息子発言をされていた意味不明な奴。さっきの道で別れたと思っていたのだが、どうやら私の後をつけていたらしい。


 「痛い……」


 鼓膜が破れるかと思った。咆哮は奴の動きを止めるという意味では効果的だったのかもしれないが、それでも私の後方から叫んだのでダメージは私の方が大きかったと思うのだが。


 「まるで猿の鳴き声だったな。出てこいよ、蒲牢」


 「出てきましたけど? どうしてお前みたいなのがいるんだ? 確か全てのレベル3の悪霊は百鬼夜行なる連中に全滅したって聞いたが? 残党か?」


 「残党じゃないです。遺産です。もしくは後継者です」


 「それで今度はお前が柵野栄助の代行者としてレベル3の悪霊を量産しようとでも?」


 …………会話が分からない。どんな内容なのか分からないのだが、どうも睨み合っているのは分かる。こいつが本当に威張るだけの妖怪だったことがここで明らかになったのかもしれない。


 「おい、ちょっと待て。どうしてお前が私を助けるの?」


 「これから俺の陰陽師になる女だからな。口説く前に殺されてたまるか」


 「じゃあどうしてもっと早く助けにこなかったの?」


 「…………怖がる姿が可愛かった」


 後で奴を其の辺の木に縛り付けて森林火災を起こそう。それか丁度山頂に滝があったから、そこから落とすか。


 「たった九匹しかいない龍の息子が随分と積極的じゃないか。『捕獲不能レベル』なんて振り切るほどのお前が、どうしてこんな弱小妖怪が集う日本なんかに」


 「麒麟がいなくなった。日本の淀みに反応したんだろう。この島国でドンパチが起ころうとしている。その波に乗っかろうと思ったら出遅れてな。用は済んだし帰ろうかと思ったが、どうも仇敵に出会えるわ、相棒に出会えるわ。なかなかいいとこじゃねーの。日本。どうも事件はまだ継続しているようだしな」


 キリンって動物園に行けばいるだろう。日本の淀みに反応するキリンってなんか嫌だよ。須合正樹が私の方へ階段を下りてきた。ポケットに手を突っ込んで、カッコつけるように。どうもさっきまで放置されていた恨みが募るので、今さら頑張って貰っても嬉しくない。


 「ちょっと。せっかく助けに来たならあいつを倒してよ。あんた、普通の妖怪よりも強いんでしょ」


 「いえ、姉君。いくら蒲牢でもそれは無理なのです。相手は悪霊です。それも極めて危険なレベルまで進化しています。普通の陰陽師が束になっても倒せないのがレベル2です。先ほどに絶花様が倒したやつです。奴はそれをも上回るのです」


 固執した能力を持っているからだろうか。『変身』という。


 「悪霊なら誰でもある程度の状態変化能力は持っているよ。姿を空気に同化させるのは当たり前だし、人間にも平気で化けるよ。でも……悪霊の持つ当たり前を極める事が重要なんだ」


 推察するに能力を拡大させただけなのだろう。1から能力をつくるのと、0から能力をつくるのでは根本的にコストパフォーマンスが違うということだろうか。


 「それで変身能力を自慢するために倉掛百花に化けたっていうのか? 良い趣味しているぜ」


 「えぇ。いい趣味でしょ」


 おそらく今のは皮肉な意味だったと思うのだが。奴は本気に受け止めていないらしい。私の顔でにたぁって笑うのやめてほしいのだけど。可愛い素顔が台無しじゃない。


 「というか、なんであんたそんなに余裕でいられるのよ。私と違って無力ってワケじゃないだろうけど、それでも奴には勝てないんでしょ」


 「確かに素の俺一人じゃ勝てない。しかし、ここには将来優秀な陰陽師がいる」


 ………こいつ。まだ私と契約をすることを諦めていないのか。


 「だから私は陰陽師になんかならないって」


 「だが、現状は変えられない。ここで二人で結託しない限りは」


 須合正樹が私に近づいてきた。そして、不意に私の両手を握った。


 「弟君が助けに来ない以上は自分の身は自分で守るしかない。陰陽師になって奴を退けるか。このまま一般人として呪い殺されるか。好きな方を選びやがれ。しかし……時間は有限なんだぜ」


 もう一人の私を見る。何やら黒いオーラを纏い、目に鮮血が迸る。これが悪霊の戦闘モード。さすがに妖怪相手に私の身体能力で戦うのは無理があるだろう。山頂の陰陽師どもに確認されようと、本気を出すしかないのだろう。


 「さて、俺も本気を出すか。誰かを本気にさせるには、まず自分が本気になる。まるで進学塾の受け売りみたいだな」


 

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