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連動

 だが、楽しい時間は必ず終わる。


 「坊ちゃん。首を切るのはもうやめましょう」


 絶花は三匹目の首を切り終えて、放心状態のまま四匹目の首が横たわる場所へゆらゆらと移動を始めた。泣きそうな顔で歩いていると、土御門カヤノが目の前に立ちはだかる。今にも倒れそうな絶花の肩を支えた。


 「はぁ? そういうのいらない。どけよ」


 絶花は諦めていなかった。目は死んでいるし、精神はボロボロだし、身体は言う事を聞かないが、それでも彼は立ち向かっていた。姉を倒すには八岐大蛇を倒すしかない、それだけのシンプルな行動原理だけが、他の全ての危惧を打ち破って絶花を動かしていた。


 「首を切断するのに意味はありません」


 「…………なんだと」


 「確かに首を切断しないと八岐大蛇は倒せません。でも、倒す事が目的ではなく、伝説の剣を手に入れる事が目的でしょう」


 「…………天叢雲剣あめのむらくもの位置を知っているということか?」


 「えぇ」


 では何故、その位置を狙うように初めから誘導しなかったのか。協力すると自分から持ちかけておいて、酒樽の用意や文献調べなどの援助を行って、今まで味方を演じていたというのに、何故そこだけ教えなかったのか。オレンジ色の髪を靡かせて、ほくそ笑むような顔で言う。


 「坊ちゃん。貴方の先祖の蘆屋道満はとても真面目な良い人でした。ただ陰陽師として意識が高く批判家だった為に人から嫌われていました。残っている文献も、その殆どがヒールの扱いです。本当は誰よりも誰かを守ろうと思っている心優しき中年オヤジでしたが、周囲からの理解は得られませんでした」


 疲労困憊している絶花は真面な返事が出来ない。翻弄されるように言葉を浴びせられながら、話をただ聞いている。もう何かを考えて反応する事を敵わない。


 「翻って安倍晴明は極めて性格の悪い男でした。パフォーマーで口達者で卑怯者で、他人を蹴落とす事に何の罪悪感も覚えない、女ったらしのクソ野郎でした。文献にはこの事実は書いてありません。実力はありましたが、他人を見下す術と煽てる術を兼ね備えて、一気に陰陽師の頂点に成り上がりました」


 絶花は話半分に聞いている。作業に戻りたいのに、彼女が偉く真面目な話をする。そんな重要な話が語り合える精神状態ではない。まぁ、この状態は土御門カヤノが思い描いたシュチュエーションなのだが。彼女は絶花を抱きしめた。まるで小さい女の子が誕生日に買って貰ったお人形を抱き締めるが如く、愛情を込めて両腕で包み込む。ライダースーツが絶花の服にこびり着いた血で濡れる。


 「蘆屋道満は党首になど興味が無かったのです。誰が一番偉いかなんて、どうでも良かった。ただ、悪霊や悪鬼の災害に苦しむ人を救えればそれで良かった。安倍晴明は自分が一番じゃなきゃ気が済まなかった。党首になりたかったのです」


 絶花は何も考えていなかった。さっきまでの手を動かしていた時とは違い、動けなくなった瞬間に連動するかのように思考も停止した。そんな絶花を全身で抱擁する土御門カヤノ。力一杯抱きしめながら、絶花の頭を撫でる。


 「貴方は本当は優しい子。ただ純粋過ぎた。この世界は漫画じゃない。この世界は『優しい人間』はすなわち『弱者』なのです。竜宮真名子は優しいから死んだ。誰かに手を差し伸べる人間は、好かれるどころか嫌われるのです。感謝などされない」


 それはこの世界の全員が主人公だから。主人公は誰かを救う立場でなくてはならない。間違っても助けられるモブキャラに成り下がってはいけない。例え社会の歯車と呼ばれようとも、誰かの役に立つ自分でなくてはならない。救われた立場の人間は一瞬は感謝をするが、それは自分が窮地から脱せた快感であり、感謝の念などではないのだ。


 「誰もが平等な社会などマヤカシですよ。人間はずるい生き物なんです。だから、2000年も生きてこれたのです。だから、悪霊が出るのです」


 無念の死を遂げる人間が怨念を持って悪霊化する。だって人間は卑怯なのがデフォルトだから。誰だってイジメは大好きだし、高見の見物で誰かが潰れる瞬間が見たい。自分の危機が訪れない限り、誰かが痛い目に遭う事は喜ばしい事だ。そう思えない人間は成功しない。


 「こんな腐りきった現実です。でも、私はそれでも優しい人間が好きなのですよ。私は蘆屋道満が好きだった。あんな無鉄砲で愛想が悪くて常にしかめっ面をしていた男ですが、それでも優しいだけの彼が好きだった。彼は退屈しなかったもの」


 ようやく絶花を離す。そして、人差し指で真っ直ぐに一点を指差す。その場所は八岐大蛇の尻尾がある場所だった。今の地点から山を挟んで完全に逆側。土御門カヤノは八岐大蛇とは比べ物にならないが、野槌と呼ばれる顔のない大蛇を呼び出して、絶花を肩から持ち上げて背中に乗り込んだ。


 「このまま党首が決まって陰陽師の世界が平和になってハッピーエンドなんて。そんな面白くない現実があって溜まる物か。さぁ、坊ちゃん。この退屈な世界をもっと面白くしましょう」

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