称号
因幡辺が少し嬉しそうな顔をしている。テレビ映像で見た時とは比べ物にならない気の緩みを感じる。英雄気質、誰かを救う事を目的にするのではなく、自分が英雄であることを目的に戦う。おおよそ彼女は戦いが好きなのであり、戦っている自分が好きなのだ。五芒星として使命をまっとうする自分が。
「……じゃあ、君はいいにゃ」
これ以上言い合っても無駄だと判断し矢継早続期が折れた。面倒な顔をしている。柵野眼が悪霊として暴れ回るよりは、コイツの方がマシだと判断されたのだろう。こんな江戸っ子気取りの変な女よりも危険視されているとは、少し思うものがある。まあ竜宮真名子が死んだ瞬間を矢継早続期が目撃していたと言うならば、コイツには戦わせてはいけないと思う気持ちも分かるが。
「それで別件でお願いしたい事とはなんでございやしょう」
「党首任命にゃあ」
五芒星の役目は陰陽師の粛清だけではない。党首の後継がいなくなった場合に、党首を任命せねばならない。営業スマイルで腕を広げて朗らかに言い放す。
「安倍晴明様の子孫の生き残りがいたんだにゃあ。陰陽師としてのスペックも十分、そこそこ賢いし、そこそこ気が効くし、皆の役に立ちたいと思っている。実はその男の名前は……」
「あぁ、その話はいいです」
さっきまでの情熱に燃えていた姿はなんだったのか。打って変わって因幡辺は素っ気ない態度だ。ウサギの前足を優しく握って、小刻みに振りながら愛犬を可愛がるような真似をしている。もう自分の世界に入ったというか、会話の内容に興味を失ったようだ。
「いいのかにゃ?」
愕然とした顔をしている矢継早続期に対して、冷たく言い返す。
「いいです。興味ないので。党首任命の件を放棄するつもりはありやせんが、アッシには優先順位の低い事でございやす」
「ひ、ひくい…………」
折角の纏まりかけていた和やかなムードが冷たく凍りきった。一部始終を聞いていた絵之木ピアノは不思議そうな顔をしている。以前と顔色を変えない倉掛百花。
「党首という人間は誰かから任命されてなる者ではありやせん。自分からその頭角を顕にしてなるもの。アッシは党首とは自然に皆に認められる男だと存じます。ですから、この腐りきった陰陽師の立替を完了させたならば、喜んで任命して差し上げやしょう」
回りくどい言い方だが、意味は伝わった。つまり、急ぐ必要はないと。まだ陰陽師機関は崩壊していて、誰も命令を聞く状態じゃない。それを矢継早続期は党首に任命する事で解決しようと思っていたが、そもそもそれが間違っていると。誰かに言うことを聞かせる為のリーダーではない。誰からもお願いを聞いて貰える人間がリーダーになるのだ。先に称号を与えては駄目だということか。
「手厳しいにゃあ」
「今は不届き者を排除するが先でござんしょう。本来ならば、これも未来に党首となる男がすべきこと。我々はサポートする立場。五芒星に頼りきりではお話になりやせんな。まあ好きでやっていやすが」
ウルウルとした表情でコッチを見ている矢継早続期。今にも百花ちゃんと泣きついてきそうだ。矢継早続期は因幡辺と違って合理的に動く場合が大きい。小難しい事をするよりもとっとと党首を決めてしまった方が、復興がスムーズに進むと考えている。あながちお互いに間違っていないが、意見が衝突してしまっているな。
「いかがでござんしょう。倉掛百花殿。貴方はこの件をどう考える」
矢継早続期が声を出す前に因幡が尋ねてしまった。これで受け答えせざるを得ない。
「分からない。私は陰陽師だけど悪霊だから。復興支援も不適合者粛清もさせて貰えないみたいだしね。任命だけ私の依存でするのも嫌でしょ。だから他の皆に合わせる。残りの四人が頃合を思ったら私に声をかけて。それだけよ」
やる気がないと突っかかってくると思ったが、そうでもなかった。因幡辺は至極納得したかのような表情で首を縦に振る。問題は矢継早続期だ。なんで私の味方をしない、という意味のこもった引きつった笑顔でコッチを見ている。さすがに視線を逸らした。
「えー。早くしようよー。にゃあぁあ~」
遂に矢継早続期は倉掛百花の席の隣に座って、肩を揺らしながら駄々を捏ねる子供のようなポーズを取っている。だから早い段階で任命する事に決まったらそれでいいと言っているだろうが、と言おうと思ったが、それも面倒だったのでされるがままになっている。
「五芒星って大変なお仕事なんですね」
立場を弁えて静かにしていた絵之木が、痺れを切らして会話に入り込んできた。
「まぁ2000年以上も名ばかりの役職だったにゃあ。だから、この忙しさはこの時代に生まれた事を恨むしかないにゃあ」
「アッシは感謝していますよ。この時代に産んでくれた母上に」
「そりゃあ君はねぇ」
使命感に燃える因幡辺。五芒星である自分が好きで、自分の仕事を全力で取り組もうと思っている。根は悪い奴じゃないのだろうと、そんな事を思いつつも、自分とはどこか違う彼女を眺めている倉掛百花だった。




