改築
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共鳴なんて言葉は似つかわしくないが、五芒星同士はある程度、自分たちの状態を知り得る事ができる。記憶は分からないし、居場所も知り得ない欠陥的なシンクロ率だが、それでも互いの妖力を感じ取る事は可能だ。悪霊となった竜宮真名子を除いて。
で、この幽霊列車が開門海峡に到着する前に来訪者が現れた。地上から幽霊列車へとコールサインを出す妖力がいたのだ。それを同じ五芒星の矢継林続期が発見する。地上に降りてみると、木陰に佇む女の子がいた。霊界の夜天を走るこの列車に乗車したいという人間は1人しかいない。
「お初にお目にかかります。アッシ、しがない旅の世捨て人。性は因幡、名は辺。この式神白兎と共に、駆け出し中の修業中の身にござんす」
また面倒な奴が増えたという絶妙に暗い空気が雪崩れ込んだ。その場の全員が白い目をしている。江戸っ子の自己紹介だ。腰を下げて左手を腰の後ろに巻く、左手を表を天に向けて突き出し、ギンギンに目力をアピールして名乗り上げた。黒色のマントが風になびく。
「お足元にご注意ください」
「これはこれは、駅長どの。お心遣い感謝でござんす」
コイツ、ヤベェ奴だ。その場の全員が心の中で察しをつけた。この因幡辺は五芒星の金属性の巫女であり、私たちが探していた奴の1人だ。三度傘を深く被り、長楊枝を口に咥えている。腰には無数の独楽を装備している。ウサギも長楊枝を咥えて紗に構えている。
「にゃー。歓迎するにゃあ。因幡辺ちゃん。火属性の五芒星。矢継林続期だにゃあ」
「存じておりやす。この度のお勤めご苦労さんでございやす。少々不届き者に喧嘩を売られてしまったもので。五芒星の名の元に殴り込むというならば、アッシもお列に加えておくんなせぇ。気持ちは一緒でございやす」
「うん。うーん…………本当は別件の仕事もお願いしたい気持ちもあるけど、今はソイツらを倒す事を考えようにゃ」
別件というのは相良十次の党首任命の話だ。コイツがいなくては、任命が行えないからな。
「この幽霊列車を動かしている夜回茶道だよ。よろしくね」
「絵之木ピアノです。鑑定や探知を得意としています。私は五芒星ではありませんが、よろしく」
自己紹介をしてくれた二人に因幡辺は深々く頭を下げた。正直、義理堅いというより異常性が極まっていると感じ取れる。陰陽師としての仕事をしない奴は死刑なんて、まるで一昔前の私の生き写しにようだ。本来ならば五芒星の通常業務なのかもしれないが。
「それで……アナタが……」
「私も自己紹介してもいいの? 私は貴方の知っている五芒星じゃないよ。竜宮真名子は私の身体の半分だ。今は柵野眼。レベル4の史上最悪の悪霊さ」
「それも存じております。五芒星ですから。敵なんて思ってませんから安心しておくんなせぇ」
私が悪霊と知ったら問答無用で殺しに来ると思ったが、そうではなかった。落ち着いている。席に座ると三度傘を脇に入れて、ウサギが肩から膝の上まで降りてくる。その背中を優しく撫でながらこう言葉を続けた。
「お悔やみ申し上げやす。不幸な事故でした。まさか、竜宮真名子さんが陰陽師の不祥事にて命を落とすとは。アナタが悪霊に覚醒したあの日。他の五芒星の心には、その妖力の移り変わりと共に、その底知れない絶望が同調したのです。倉掛花束とお二人が心中する様子を見てしまったのです」
…………マジか。つーか、矢継林続期もその光景を見ていた事になる。どうりで馴れ馴れしいというか、悪霊相手なのに敵意が剥き出しではないと思った。初めから裏の事情を知って同情していたのか。って彼女の方を振り返ると知らん顔で口笛を吹いている。この野郎……。
「今の陰陽師は滅びるべきでしょう。ドイツもコイツも天照様の御恩を忘れて好き勝手し放題。このままの陰陽師に未来はありやせん。リフォームではなく、家をぶっ壊してまた改築する時期でございやしょう」
創造は破壊からしか生まれない。例え表面上を塗り固めてなぁなぁで事を済ませても、結局はこの陰陽師のテコ入れという大掛かりな使命は果たせないだろう。
「しゅ、出発しんこ~う!!」
これ以上難しい話を聞きたくないと、夜回茶道は運転席へと行ってしまった。対照的に絵之木ピアノは近くの席に座って話を聞く気満々である。唯一、立ち上がったままの矢継林続期は手を顎に当てて考えるポーズをしている。
「だから五芒星が陰陽師を狩り尽くしてしまう。そうしたいのか?」
「いいえ。真面目に頑張っている人まではさすがに。アッシも鬼ではありやせんから。しかし、今回のような連中を見て分かったでござんしょう。誰かが喝を入れなくては」
「それは私がやるにゃあ。人間を洗脳して閉じ込めて人質とか許されないにゃあ。だから二人はこの列車の中でのんびりしているにゃあ」
矢継林続期が大きく出る。さすが働き者のバイトエリートだと言いたいが、よほど自分以外の五芒星が戦うのが嫌なのだな。当然だ、内偵の仕事なんて汚れ役は誰だって御免であり、彼女の場合は他の誰にもして欲しくないと思うはずだ。
「そういう訳にもいかないでしょう。せめて、アッシは戦いますよ」




