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開門

「酷い……」


 「言っても無駄だと思うけど、彼女を解放するにゃあ。さもなくば……お前のご主人が五体満足で済むと思うなよ。相手が五芒星と知っていて、こんな狼藉を働いているなら大した根性だ」


 夜回茶道が青ざめた顔で右手を唇に当てた。絵之木ピアノも嫌そうな顔をしている。矢継林続期に至ってはもう完全にブチ切れている。全身から火炎のような妖力が漏れていて、私と真剣勝負をした時とはまた違った覇気を感じる。拳を強く固めて、鬼の形相で奴を睨んでいる。唯一、表情の変わらない倉掛百花。


 人質なんてバトル漫画じゃよくある展開だ。作戦の成功の為ならどんな汚い手段も厭わない。目的の為に手段を選ばない事が格好良いみたいな。現実世界で同じような事をされるとここまで不快な気持ちになるのか。


 「こんな真似が許されるとでも? 五芒星は党首任命だけが仕事じゃない。陰陽師として世界を救う使命がある。それを害する奴はどこの誰だろうと許さない。お前の主人は完全にアウトだ。居場所を吐け、真名子ちゃんの出番はないにゃ。私が殺してやる」


 本気の殺意が混じった台詞だった。全身から弾けるオーラが機内中を包み込む。この電車の気温が確実に上がっている。瞬きをするのと同じスピードで彼女がメイド服から巫女服に着替えていた。ふざけていた語尾も、元に戻っている。しかし、倉掛百花を戦わせないように配慮している所から、そこまで理性が無くなった訳ではない。


 「いいね。その顔を待っていたんだ。実は別の妖怪が金属性の陰陽師にも同様のメッセージを送っている。何人部下を引き連れても結構だが、キサマら五芒星二人は来い。場所は福岡県と山口県の堺にある開門海峡。そんな顔をするなよ。新しい陰陽師がどういう存在か教えてやるぜ」


 吐き捨てるかのように言い切ると、『しょうけら』はそのまま天井へすり抜けて消えてしまった。まるで抵抗も感じさせず、さぞ当たり前のように通り抜けたのだ。


 「逃げやがった」


 「………」


 一同に不穏な空気が流れる。我々も深夜に旅気分で列車に乗っていたのではない。行方不明の弟を探すため、緑画高校へと向かっていたのだ。そこへ五芒星の肩書きにより邪魔が入った。目的を邪魔された苛立ち、一般人を道具に使う下劣感、何よりのあの気色の悪い笑み。それを思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうだ。


 「弟君の捜索は三人に任せるにゃ。ここでバカ正直に二人で行く必要はない。私が行ってくるから」


 「二人で行かないと人質の命が危ないんだろ」


 自分でも悪霊らしくないなぁと思いつつも、焦り気味の矢継林続期をなだめる。彼女は私の戦わせたくない。その気持ちが大きい。しかし、人質を見捨てる選択肢もない。誰かが直ちに助けなくてはならない。黙って放置する事は柵野眼が動き出す可能性に繋がると思ったのである。彼女が1人で立ち向かう。彼女の出した妥協点がそこだった。


 「でも……私1人で大丈夫にゃ。ほら、私は最強なのにゃ。それに弟君も心配だにゃ」


 「心配するな。絶花には五芒星である土属性の巫女が付いている。私と一戦交えたくて弟を誘拐なんてするならば、殺しはしないはずだ。もしかしたら合流出来るかもしれない。急がば回れだよ。五芒星の役目とやらを遂行しよう」


 「そ……そうにゃ? それでいいにゃ?」


 いいはずがない、柵野眼はそう考えていた。無関係な小学生を助けに行くなんて、そんな面倒は御免だ。コイツらと違って正義心で動いている訳ではない。本当に絶花との合流が視野に入るから、仕方がなく向かうだけなのだ。それに金属性はノコノコとやって来そうだし。これで合流出来れば都合がいい。


 「絵之木。理事長に連絡してよ。あと、夜回茶道。方向転換して。まっすぐ開門海峡へと全速前進で」


 夜回は少し戸惑った表情を見せたが、立ち向かう覚悟がついたのか、運転席について大きくハンドルを切る。


 「応援はいらないか? って理事長が聞いているけど」


 倉掛百花は大きく首を振った。あの『しょうけら』という妖怪の自信から、何かしらの五芒星に対する対策があるのかもしれないが、そんな物は悪霊である柵野眼には通じない。さっさと返り討ちにしてしまおう。全国で党首になりたいと思っている馬鹿はいる。その連中に見せしめとなれば、一気に世間の流れは変わるかもしれない。一般人の洗脳や人質、立て篭り事件も同時に解決すればいい。五芒星に逆らったらどうなるのか、その身に刻めばいい。


 「そうだね。四人で十分かな。私も出来る限り協力しよう。悪霊であっても命を救ってくれた恩人だからな」


 「私、たぶんいざ戦闘になったら役にたたないと思いますけど、移動手段くらいにはなります」


 「にゃー。ここまで皆で一丸となってしまっては、私も本気を見せるしかないにゃあ」


 「歯向かうなら完膚無きまでに叩き潰す。レベル4を侮るなよ」


 果たしてどんな馬の骨なのか。それでもこの深夜に眠気が取れずアクビをする。

 

 「絶花。お姉ちゃん、ちょっと別件で戦ってくるけど、無事でいろよ」

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