庚申
しょうけらの特性は、庚申の夜になると人々が眠っているうちに天に昇り、人々の罪を天に申告して寿命を左右するとされる。眠らない人間に害を与える妖怪でもあり、屋根裏から観察する様子が描かれている。
「つまり天と地を交互に行き来する事が可能なんだにゃ」
「私が存在に気が付けても居場所がわからなかったのは、地面の下に注意を張っていた為か。相手は上空から侵入してくるとは……」
絵之木ピアノが察知出来なかった理由がハッキリした所で、ここでこの場に潜り込んだのはこの妖怪一匹であろうという推測が立つ。まだ油断は出来ないが。属性は恐らく造形からして土。倉掛百花は水属性なので相性は悪いが、絵之木の木属性は相性が良い。これは優位な対面だ。
「私の『さがり』は貴様の些細な行動も見逃さない。少しでも不審な行動をしてみろ。問答無用に撃ち殺す」
絵之木が鋭い目線でしょうけらを睨む。彼女の弾丸を浴びればあの妖怪はひとたまりもないだろう。まだ試合のゴングが鳴る前から勝負が着いた感じだ。五芒星が二人に、相性が良い陰陽師。この三人を使い手無しに切り抜けられるほど、強大な妖怪ではないだろう。
「まず、何の用でこの列車に無断乗車したのか答えるにゃ。まさか夜に寝ていない事を注意しに来たとか、そういう言い訳は無しにゃあ」
「ぐぇぐぇ。決まっているだろう。この世界には党首がいない。もう一般人に陰陽師の存在が知れ渡ってしまった。悪霊討伐の仕事を真面目にしている機関も殆どない。だが、こんな事態を想定してキサマらのような五芒星という陰陽師を潰す存在がいる。だったら話は簡単だ」
「私と矢継林続期を殺してしまおうという魂胆なの?」
「いいや。殺すには惜しい」
まるで殺せる事を前提に話している口調が気に食わないが、ここで話の腰を折っては情報が聞き出せない。まだ、コイツには気持ちよく語らせた方がいい。片目で網棚の奴を睨みながら、腕を組んで座り込む。
「五芒星を味方にすること。それが新しい党首への道だ。この戦国時代は領土争奪戦じゃねぇ。誰が一番に早く五芒星の全員を捕まえたか。そういうゲームだ。ぐぇぐぇぐぇ」
ゲーム…………。妖怪って平成生まれではないと思うのだが、こんな一般人に被害者が出ている状態で、一刻も早く世界に平穏を取り戻さなければ未来はない時期にゲームと表現するのか。
「いわば五芒星の奪い合いゲームだ。だから、今は全ての地方の陰陽師が五芒星を血眼になって探している。居場所が分からない奴もいるが、確か白神山地の天狗岳と琵琶湖の竜宮城に一匹ずついたな。この二つの地域は、大勢の客で押し寄せていると思うぜ」
鍋島の矢継林続期は正体を隠しているから、全国の陰陽師に居場所を知られていない。土属性の五芒星も同様と見た。金属性の因幡辺は間抜けにも自分から姿をテレビに晒した。なるほど、情報戦にもなっている訳か。悪霊として覚醒した時に、切り捨ててきた竜宮真名子の母親が少しだけ気がかりになる。七巻龍雅が竜宮に現れた理由がまさにコイツの喋っている内容と合致している。奴も五芒星を手に入れて党首になろうとしていた。
「そこのメイド服のお嬢さんと、カーデガンのお姉ちゃん。アンタ達は膨大な妖力を持っているねぇ。間違いなく五芒星だ。で、アンタ達は何属性だい?」
「矢継林続期。火属性の巫女だ」
「竜宮真名子。水属性」
コイツはどうやらお喋りな性格らしい。今は悪霊とバレないように身体の中心に悪霊の妖力を引っ込めて、水属性の陰陽師の妖力を体外に出す。今は混乱を避ける為に竜宮真名子と名乗った。まあ、嘘を言ってはいない。
「ぐぇぐぇぐぇ。竜宮城のお姫様が逃げ出してたってのは本当らしい。これで火属性も見つかった。一気に二人も……ご主人様も喜びそうだ」
気色の悪い笑みを浮かべる。運転席の夜回茶道が震え上がった顔をしている。確かに見ていて鳥肌がたつよう気持ち悪さだ。今まで様々な妖怪を見てきたが、ここまで気持ち悪いと思った事はない。
「お前に捕まる気ないにゃ。私と真名子ちゃんはもう推薦する人材を決めているにゃ。お前のご主人様なんぞ興味ないにゃ。言いたい事がそれで全てなら抹殺するにゃ」
コイツのご主人様の実力はいかほどか分からないが、関わるだけ時間の無駄だ。速やかにこの妖怪だけ始末して、倉掛絶花の捜索に戻った方がいい。どうやら土属性の五芒星の巫女とも因果関係が無さそうだしな。
「敵だよな。もうコイツと会話する必要はない。撃ち殺します」
「どーぞ。構わないにゃあ。五芒星の名の元に許可するにゃ。こんな勘違い野郎に付き合っている暇はないのにゃあ。じゃあ撃ってよーし」
「ぐぇぐぇ。待ちな」
今にも撃ち殺しそうになっていたが、絵之木ピアノがギリギリで銃口をズラして狙いを変えた。これでしょうけらには被弾せず攻撃が当たっていない。
「なんだ、まだ何かあるのかにゃ? 往生際が悪いにゃ」
「これを見ろ」
寝そべった体制から何やら怪しげに皮膚から変な物を取り出す。奴の手にはスマートフォンが握られている。妖怪が現代機器を使うなとツッコミを入れようと思ったが、この状況がコントなど出来る場合じゃない事がすぐさま分かった。
全身が傷だらけになった小学生くらいの女の子が、手首と両足を縄で縛られており、口をガムテープで塞がれている。目は移ろいでおり生気はない。まるで洗脳された後のようだ。つまり、あの下衆な妖怪は一般人の人質がいると言いたいのである。




