網棚
問題児というのは私も含まれているのだろうか、そう思うと少し苛立ちをおぼえる。残りの連中が好き勝手にやっているもの問題だが、そもそも悪霊になってしまった私が一番の問題児という解釈は正しいかもしれないが。
「にゃ~。眠くなってきたにゃあ」
「深夜ですからね。私が運転をしていますから、寝ていて大丈夫ですよ。到着したら起こしますから」
夜回茶道は緑画高校の制服を着ていない。何故か前に出会った時のように、駅員のコスプレをしている。帽子がよく似合っている。彼女はこの幽霊列車を式神に持つ陰陽師なのだから、まあ妖怪との関係を大切にする緑画高校の校訓を考えれば彼女なりの努力なのかもしれない。学生服、カーデガン、メイド服、駅員。およそ陰陽師の集まりには見えない。
「百花ちゃんも寝た方がいいにゃあ。いざ弟君を助ける時に、元気が無かったら助けられないにゃ」
「…………」
少し気になる事がある。絵之木ピアノが浮かない顔をしている。彼女は感知能力を持っている。陰陽師の居場所を妖力から突き止めたり、悪霊の行動を探ったりする役目を持っている。彼女自身の戦闘力もそこそこ高い。悪霊になる前に彼女と1対1で戦った経験があるから分かる。彼女の人間の反応速度を上回る高速銃撃はかなりの物だ。
そんな彼女が苦い顔をしている。列車の席に深く腰を据えて座りながら、目を瞑って眉間に人差し指を添えている。まるで頭痛で苦しんでいるようだ。
「絵之木ちゃん? どうしたのにゃあ?」
「お前が五分以内に居場所を特定出来なかったら五芒星の名の元に殺すとか、脅しをかけるからだろう。責任を感じているんだよ、まったく……」
「いえ、そうじゃありません。負い目は感じていますが、これは別件です。何者かが近づいてきます。それも……味方じゃありません。全方向から妖力を持った生き物が接近してきます」
「そんな馬鹿にゃ。この幽霊列車は空を走っている列車にゃ、地上の妖怪じゃ近づけない。そもそも陰陽師を恐れている妖怪が乗り込んでくる理由がないにゃ」
「じゃあ陰陽師か悪霊かな」
運転席にいる夜回が会話を聞いていたのか焦り声をあげる。矢継林続期は慌てて窓を開き、外を眺めるがそれらしき者は確認出来ない。だが、嫌な汗をかいている絵之木の姿を見ると彼女が出鱈目を言っているようにも感じない。
「悪霊の可能性は低い。レベル2の悪霊は思考機能がない。だからそもそも狙い撃ちという概念が出来ない。レベル3はもうこの世界には存在しない。悪霊がこの列車に来る意味がない」
「土属性の五芒星からの刺客かにゃあ。私たちが倉掛絶花を取り戻そうとするのを防ぐ為に」
「それは馬鹿過ぎるだろ。コッチには最凶の悪霊である私がいるんだ。居場所を知る為の餌を献上しているようなもの。捜す手間が省けるから、コッチとしては好都合。ここで私たちを足止めするよりも、接触せずに雲隠れするのがセオリーだ」
「じゃあ……誰が……」
★
敵の侵入を許した。奴はすぐ先にいた。列車に中で客が荷物を置く為の場として網棚がある。そこに奴は長い舌を伸ばして佇んでいた。決して大型の妖怪ではない。たぶん全長は成人男性の大きさ程度だろう。全身が真っ黒である。四本の足は甲虫のそれに似ている。だが、胴体は獣のようで、腰の曲がり具合から背骨を感じる。顔は鬼のような面で角も確認できるが、目と鼻がとにかく大きい。気色の悪い鼻息をたてて、覗き込むように我々を見ている。
「この列車は本当に敵の侵入を許すな……」
「すいません。図体が大きい妖怪ですが、戦闘面はたいした事ないんです」
「君は運転にだけ集中するにゃ!」
夜回茶道の叫び声を矢継林続期が一喝する。椅子から降りて絵之木ピアノが二丁拳銃を上空へ構えた。私は二人が警戒する様子を見つつ、まだ席から降りない。ここで優先すべきは夜回の安全である。ここで彼女が気絶でもされたら、この電車は墜落する事になる。あの妖怪の使い手がいるかもしれない、敵が複数いて奴が囮ならば、まだ全体的に警戒すべきである。
「妖怪『しょうけら』か……」
「夜中にぴったりの妖怪だにゃ。京都を代表する妖怪が何用かにゃあ……。これでも私は五芒星。無礼千万はそれなりに重罰のはず。それを覚悟でこんな無粋な真似が出来るのか聞きたいにゃあ」
矢継林続期が苛立っている。今はこんな地方の妖怪を相手にしている場合じゃないのだ。一刻も早く絶花のいる所へ行きたい。それなのに、こんな意味不明の邪魔が入ったら確かに腹が立つ。陰陽師が滅びるという瀬戸際なのだ。
「ぐぇぐぇ。五芒星が二人も……。動き出しているのは、あの兎野郎だけではないのは本当のようだな……。怪しい飛行物体があったから、もしやと思ったがやっぱりか……」
しょうけらが不気味に笑う。目的は五芒星である二人。およそ不純な目的である事は察することが出来た。
「どうやって侵入したんだろう。空を飛べる妖怪には見えないけど……」
「それが『しょうけら』の特徴なんだ」




