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片刃

 土御門カヤノは眠そうにあくびをする。目を擦りながら、ペンを置いた。


 「土御門家には八岐大蛇を退治した時に使用した、酒を入れる樽があります。それと……これは貴方に使いこなせるか分からないけど」


 彼女は御札から庭へ、野槌と呼ばれる顔のパーツがない大型のツチノコを取り出した。その妖怪にスタスタと近づいて行って、口先から一本の剣を取り出す。絶花はそこに締まっていたのかという驚愕と、粘液でドロドロになった状態に白い目をしてしまう。


 「天羽々斬/(あまのはばきり)」


 十束剣という握り拳10個分の剣を指す言葉がある。この天羽々斬もその長さであり、神々しい装飾をしている。モチーフは雨だ、太陽や月を覆いかぶせるような、一向変わった仕上がりである。


 「あれ、確か数年前に天羽々斬って発見されたんじゃ……。どこかの神宮の社殿建造のために禁足地を発掘していたら、片刃の刀が見つかったって」


 片刃とは刃先の断面の片側だけに刃がついていることであり、その逆で刃先が両面に付いているのが諸刃である。天羽々斬は確かに片刃だと文献から調査した情報を聞いた。


 「あれは本物じゃない。あの天羽々斬には本物たる証拠がない。本物には八岐大蛇を切り裂いた時に、天叢雲剣あめのむらくものつるぎに刃先は当たって欠けた部分がない」


 切り裂いた瞬間に折れたのか。つまり、伝説の刀にも上位という物は存在するということなのだろう。


 「だからこの刀の先は欠けている」


 不自然に刀身の先が無くなっていた。天羽々斬は剣先がない刀である事になる。


 「不良品に思えるけど、ソイツじゃなきゃ倒せないのかもね」


 「剣道の経験とかないでしょう。でも安心して、酒で狂わせてから寝込みを襲うから。基本的に反撃の心配は考えなくてもいい」


 そう格好良い戦術を説明しつつも天羽々斬をツチノコの口から取り出して、手で触ってみろと言葉に出さず差し出す形で自然と促す。ベタベタしている粘液が気持ち悪く、少しずつ後ずさりしながら断る意思表示をする。


 「スサノオは高天原にいた時は子供っぽくて、乱暴な子供だった。しかし、姉の天照から追放されて出雲へ降りると一転して英雄的な性格となる。貴方が英雄になるチャンスです。ここで怪物を討伐して英雄となりなさい」


 絶花はそれは無理だと内心で思っていた。別に八岐大蛇は今の現代の日本で暴れている訳ではない。今も長野県の山田神社で封印されている。死んだ妖怪だが、そもそも妖怪に死の概念はない。時期は不定であるが、必ずいつか時間を経てば復活する。妖怪を二度と呼び戻さない為には封印するしかないのだ。その封印を私利私欲で開放するなど、それこそ最低最悪の行為だ。陰陽師の風上にもおけない。


 そもそも英雄になりたいだけなら、暴動を起こして人様に迷惑をかけている地方の気が狂った陰陽師に歯止めをかければいいのだ。その方が誰かの役に立っていて有意義だ。それを姉に負けない存在になるという名目で、こんな日本最古の妖怪の封印を解こうなど、その辺の暴れている連中とやっていることは変わらないレベルだ。党首になろうとする男のすることじゃない。ここは身を引いて姉を倒す別の方法を捜す手もある。おそらく思いつく可能性は極めて低いだろうが。


 不安そうに俯いている絶花に対して、土御門カヤノは後ろ方ゆっくりと近づいて、右手で絶花の頭の上の髪の毛をくしゃくしゃにした。


 「天照はスサノオの八岐大蛇討伐を聞いて弟に対する評価を改めたそうです。天叢雲剣を天照に献上して全てが和解しました。貴方がする目的はお姉さんの暴動を止める事でしょう」


 まだ顔を上げない絶花に眠そうな顔をする。すると、無理矢理に左手で持ち上げるかのように、顎を突き上げさせた。


 「その為に勝てる力を身に着けにいくのでしょう。姉との関係を有耶無耶にせずに、正面から堂々と世界を平和にするのでしょう。だったら人の顔色や世間体なんて気にする必要はありません。己が正しいと思った道を突き進みなさい」


 出会った時からずっと疑問に思っていた事がある。どうして土御門カヤノはここまで情報を知っているのか。自分ひとりでは知り得る事の出来ない情報だ。土御門家は代々、日本の朝廷に仕えた公家である。その中で祈祷などの仕事を請け負っていた。長い歴史の中で土御門の名前は度々出てくるが、この家が消えないのはとある超能力があるからである。


 彼女は他人の考えや心の心境を読めるのである。とは言っても同調シンクロするのではない。国語の教科書の問題文を読むように、第三者の視点から相手の考えをデータとしてだけ把握できる。読み違えるし、解釈を間違える時もあるのだが。ここまで絶花のストレートな姉に関する混沌と渦巻いた負の感情は、土御門カヤノにもヒシヒシと伝わっていた。


 「自分が正しいと思った道を突き進むか。これ以上にない綺麗事だな」


 「そうね。語弊があるかもね。私の言葉で言わせるならば、『私の歩んできた道こそが正しい道だ』。それに沿って歩まない奴は間違っている。そんな考え方でもいいと思うよ。神様なんて現代にはいない。だから誰も正しさなんて判断出来ないもの」

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