寒気
矢継林続期は何か面倒な顔をした。矢継林続期は柵野眼が動き出すことを何よりも嫌がっている。因幡辺を習って余計な真似をされるのが嫌なのだ。何の為に日曜日のを全ての時間を使って見張り役をしていたのだろう。そう思うと、因幡のやった監禁事件解決はいい迷惑だった。そんな事は倉掛百花も承知している。
「合流する前にやっぱり絶花が先かな」
「そ、そ、そ、そうだにゃ。弟君を探そうにゃ。きっと誘拐されているかもしれないにゃ」
顔が引きつっているぞ。さっきまで絶花は陰陽師だから襲われても問題ないとか言っていたくせに。このポジティブ女が、誘拐されたという発想になるはずがない。
「お前もアルバイトに行けよ」
「もう断りの電話を入れたにゃ。今更行くのは心苦しいにゃ。でも、1人で因幡に会いたくないので、私も絶花君を捜すお手伝いするにゃ」
両手を平げて前に突き出し、落ち着けのポーズを取っている。お前が落ち着け。額の冷や汗凄いぞ。
「でもアテが無い。理事長の電話待ちなのよね。もしかしたら別件を優先しているかも」
「それはいけないにゃ。弟君の行方が最優先にゃ。私が電話で怒鳴り散らすにゃ」
別にそんなこと求めてもいないのに、百花がスマホを取り出すよりも先に、メイドエプロンから即座にスマホを取り出して、営業スマイルからお仕事モードの冷徹な表情に変わる。一瞬寒気がするくらいの変貌ぶりだった。耳元から少しだけ離した状態で耳を澄ます。
「もしもし、チンパンジー。何をしている」
「僕は人間だよ。朗報だよ、矢継林続期ちゃん。実はニュースに金属性の五芒星が現れていてね。彼女を揃えればこれで四人目になるね」
「しゃーしか。そんな野郎はどうでもいい。いいから弟君の居場所を突き止めろ。さもなくば貴様のその残り少ない毛を毟り取るぞ」
「僕はまだふっさふさだよ。それと、ちゃんと弟君の捜索は、感知能力の長けた人に任せているから。前にご迷惑をかけた絵之木ピアノちゃんが、その仕事をしてくれていて」
「ソイツにあと五分以内に見つけないと、五芒星の名の元に処刑と伝えろ。他の感知能力のある陰陽師も全員コッチに回せ。因幡の居場所はどうせ追えない。弟君が最優先だ」
「…………察しました」
勢い良く電話を切ると、矢継林続期はニッコリした笑顔でこう言った。
「あと五分くらいって言っていたにゃ」
「あの…………無理しなくていいのよ。いきなり暴れたりとかしないから」
どうも矢継林続期の対応が過剰にも思えるが、レベル4の悪霊である自分の存在を考えると、妥当な行動原理にも思える。矢継林続期は必死に世界を守ろうとしているのだ。陰陽師を滅ぼしかねない一番の癌から。残りの五芒星が集まる前に、私が暴れては作戦が全て水の泡だから。命懸けで最終防衛ラインになっているのか。悪霊と友達になってまで。
★
「八岐大蛇の特徴をおさらいしましょう」
土御門カヤノはホワイトボードに、どこぞのスマホゲーム会社のイラストレーターが書いたようなフィクションらしい蛇の絵をマグネットで張った。頭と尾はそれぞれ八つずつあり、眼は赤い鬼灯のよう。。松や柏が背中に生えていて、八つの丘、八つの谷がある。
「本来は山神または水神であり、八岐大蛇を祀る民間信仰もあるくらい一概に悪の妖怪ではありません。しかもまだ陰陽道の中に五属性が生まれる前の妖怪です。いわば、複合属性。水、土、木の三種類の妖力の波動を持ちます」
日本最古かつ最凶の異名がある妖怪である。現代の若者の為に作られたゲームでは八岐大蛇を弱く設定し過ぎである。相手は本当に無敵の悪妖怪なのだから。水属性である九頭竜という妖怪がいるが、この妖怪の子孫であり弱体化した存在であり、それでも捕獲不能のレベルには達している。オリジナルの実力派当然にそれ以上だ。
「8つの頭は全て同時に倒さないと不死身であり復活する」
八岐大蛇が最強なのはこの無限に思える耐久性だ。倒しても倒しても復活されてはキリがない。だが、八岐大蛇には致命的な弱点がある。酒に弱いのだ、それなのに大酒飲みというありがたい弱点が。倒せないならば眠らせるしかない。それで胴体を斬りつければ倒す事が可能になる。大妖怪を倒すには過去の文献を調べる。陰陽師の鉄則だ。
「私も蛇を式神に持つ陰陽師ですから、蛇の特性は理解しているつもりです」
黒いペンで『蛇の特性』と書く。彼女も野槌というツチノコの祖先のような妖怪を式神にしている。情報提供源としてこれ以上に頼りになる人はいない。様々な特性を記していく。嗅覚が鋭い、動物の体温を感じ取る赤外線感知器官がある。耳が退化している代わりに地面の振動を下顎で感知する。10センチメートル程の種類から全長五メートルを越す個体も確認されている。
森林、草原、砂漠、川、海等の様々な環境に生息する。地表棲種、樹上棲種、地中棲種、水棲種等、多様性に富む。繁殖形態も様々。変温動物で体温を保てない、食事の間隔が長い。毒蛇は神経毒で噛んだ動物を麻痺させて強引に丸のみにする。
「聞けば聞くだけ最強の生物だな。まさか八岐大蛇って毒とか持っていないよね?」
「文献にはないけど、酒が分かるなら嗅覚はありそう。人を丸のみにするから赤外線機能はあるかもね」
「どんだけオッカナイ相手だよ」




