中継
『うわん』という妖怪である。古びた寺の近くに現れ、人が通りがかるとその名の通り「うわん」と奇声を出して驚かせ、人が気を抜いたときに命を奪い取ってしまうが、言われた側が同じように言い返すことが出来ればうわんは逃げ去ってしまう。つまり、うわんとさえ言ってしまえばそれで倒せるのだが、因幡辺はそんな真似はしない。
「お粗末な妖怪でござんす」
肩の上に乗っかっていた上空へウサギが飛び出した。うわんの肌色の皮膚を後ろ足で蹴飛ばすと、そのまま肩の上に戻ってくる。うわんはなす術なくビルの強化ガラスに激突する。ガラスにヒビが入り、うわんは地面に落下した。あんまりの瞬殺だったので、警察の面々もアホ顔をしている。
「拳銃なんぞで勝てる相手じゃありやせんが、妖力を持つ人間ならば造作もないこと。アッシの大事な初陣がこんな三下とは、不愉快至極極まりない」
そう言いつつも顔色を変えない。ただ真っ直ぐにビルの方向へと歩いてくだけ。うわんは炭になって消えてしまった。あの小さな白兎が人間の背丈よりも大きい鬼を殺してしまったのだ。五芒星の金属性を司る巫女、彼女が最後の五芒星なのだ。だが、党首任命など気にしている様子はない。自分の使命は陰陽師の世界が崩壊しかかった時に、それを救う架橋になること。彼女はそれを実践している。
慌ててビルに立て籠っていた何名かの陰陽師が入口から飛び出してきた。手元には日本刀や小槌などの武器も搭載している。ウサギが肩から地面へと降りて、発達した後脚を地面に強く打ち付ける。野生では仲間に警戒を齎す目的があるが、今回はただのストレスが原因かもしれない。相手が弱すぎることに。
「なんだ、小娘っ!!」
「陰陽道を外れしもの。天照様の御恩に報いようともせず、こんな愚劣な真似をするとは。五芒星の名の元にキサマらを処刑する」
「五芒星だと、確か党首を任命した巫女か。だったらお前を捕まえれば、俺たちが党首になれるってことか?」
「馬鹿をおっしゃいなさんな。処刑しに来たと言っておりましょう。お覚悟はよろしいかな」
「囲め!! ただの餓鬼だ!!」
★
「なにアイツ……」
「あーあー、因幡ちゃん。心から溢れる正義感の欲求不満が抑えられなかったにゃあ」
倉掛百花と矢継林続期はまだ一緒に行動していた。スマートフォンのアプリからビックニュースが届いたからである。陰陽師が陰陽師を粛清する様だ。これには二人共驚いて、バイトに行くことや、迷子の弟を探しに行くのを中断した。家から出ずにスマホの動画サイトの画面を二人で覗き込んで、その派手な惨劇を確認する。
倉掛百花はロングスカートにカーディガンという服装だが、矢継林続期はバイトに行く途中ということで、いつもの猫耳にゴスロリ衣装を着こなしている。それで町を歩いて恥ずかしくないのか、とツッコミを入れたら、人払いをしているので大丈夫だそうだ。私利私欲の為に一般人に迷惑をかける行為だと思うが、どうもコイツは憎めない。
陰陽師が一般人に危害をくわえた。五芒星は党首よりも位は上。そして、陰陽師の世界が世紀末になった場合に、世界を救う使命がある。だが、それは党首を任命すれば自然と成就されるものだと思っていた。しかし、別の五芒星がここまで行動していたとは。倉掛百花にも思う所があった。
彼女の立てこもり事件解決の一部始終は、空からヘリコプターで全て生中継されていた。小さな子兎が大型の鬼を瞬殺していく姿は、世間の人にまるで幻想の世界にでも迷い込んだような錯覚を覚えさせた。陰陽師たちは宣言通り殺されてはいないが、全員顔が腫れ上がるまで兎に蹴られ、犯罪者として警察に連行されて行った。雑誌のインタビューや警察の取り調べに協力する前に、因幡辺は姿を消してしまう。しかし、テレビもネットもお祭り騒ぎで、沈静する気配がない。
「やってしまったにゃあ。これで陰陽師の存在が世間様に公表されたにゃあ。もう手遅れにゃあ」
「別にそれは因幡辺が悪いのではないでしょう。式神に人間を襲わせた時点で、もうニュースには取り上げられていたし。もう隠し立てが出来る状況じゃないのかもね」
「アルバイト……行けないにゃあ。このまま遊んでいる場合じゃないにゃあ。あの因幡辺を仲間にして」
「木属性の奴をいれて三人。多数決で押し切れるな。相良十次の党首任命は確実として、あとは全員が揃うだけ。因幡と合流して土属性の奴を探さないと」
「アイツ、私や百花ちゃんにも陰陽師の粛清を強要しそうだにゃあ」
矢継林続期がそれを避けたい理由は分かる。今の倉掛百花は柵野眼である。陰陽師の世界を滅ぼす存在として生まれてきた最凶の悪霊だ。そんな彼女が今、ギリギリの精神状態で陰陽師の世界の行く末の変革を信じて大人しくしているのに、大義名分を持って大手を振って暴れられる理由を持ってしまったら、本当に陰陽師の世界が滅んでしまう。五芒星自らが陰陽師を救うどころか、処刑しきって陰陽師が全滅してしまう。
「因幡辺め。余計な真似をしてくれたにゃあ」
「うーん。私は絶花を探しに行きたいのだけど。あの緑画高校の理事長とやら。因幡辺の件と絶花の捜索。どっちを優先しているかな」




