洞窟
土御門カヤノは今度は身体を重たそうに立ち上がると、すると紙と黒いボールペンを取り出してチラシの裏紙に関係図を書き始めた。天照の上の段に、イザナミとイザナギの名前を記入する。
「まず、姉の天照大御神と弟の月読命が陰陽師をつくった。ちなみに八岐大蛇を倒したスサノオも天照の弟で月読命の兄。天照は娘達に行く末を任せた。この辺は文献が少ないから不明な点が多いけど、最初から五人全員が揃っていたのではない。五属性にちなんで巫女を設立しようと考えたのは、それこそ安倍晴明が党首になろうとするタイミングだった」
「つまり、五人という人数が重要なのではなく、天照大御神のご意志が重要ってこと?」
「それは別に同義って感じかな。今の時代では五芒星そのものが天照の意思ってことになるから。私が話したいのは、もっと御伽噺みたいな物よ。この三兄弟、実は凄く仲が悪いの。特にスサノオは高天原から追放されるくらいだから」
それは知っている。スサノオの横暴のせいで天照は天の岩屋に隠れてしまった。
「スサノオは嵐の神、暴風雨の神。ただ暴れるだけが取り柄の脳筋男。対して天照大御神は神聖なる神様。馬が合わなかったのね。そして坊ちゃんも追放された」
……は? どうして最後に絶花の名前を出した? 確かに姉の父親殺害が許せず、それでも反抗するのが怖くて伝説の武器を求めてはるばる家出をしてきた男ではあるが、そんな事でどうしてスサノオの追放の件と絡まなくてはならない。追放ではなく自分の意思で出て行ったのだ。先ほども倉掛百花の事を月読命みたいと言っていたが、やけにコジつけがましい。
「何が言いたいんだよ。俺のことを蘆屋道満の子孫と言ったり、スサノオと似ていると言ったり」
「蘆屋道満の妖力を受け継いでいるのは事実を有りの侭に語ったまで。スサノオに関しては創造主の息子ですから全日本国民が彼の子孫と言っても過言ではないので」
半笑いで二杯目のお茶を飲み干している。ベラベラ喋っているせいか、喉が渇いているのだろうか。顔を睨みつけるが、彼女が明後日の方向を向き直しているので視線が合わない。黒光りするライダースーツが眩しいばっかりだ。
「何が言いたいという質問に答えろ」
「歴史は繰り返すと言いたのです。坊ちゃんがスサノオで、柵野眼が月読命。いや、倉掛百花と竜宮真名子が合わさって、天照大御神と月読命の二人かな。本当に歴史の教科書になろうとしているのかもですね」
確かに今は陰陽師の世界の変換期に入っている。全国の陰陽師が荒れ果て、地方の機関は崩壊し、指揮が全く取れない状態で暴れまわっている。そして、過去の陰陽師の在り方に不満を持つ絶対的権力者が現れた。彼女は最も血脈的に党首に近しい男を利用して、陰陽師の世界を変革しようとしている。彼女の思うがままに。
「レベル4なんて名前をしているけどね。私は陰陽師で人間で悪霊なんて三位一体の人間を『レベル4』なんて名前で考えられないのですよ。もうそんな化け物は神様と呼ぶしかない」
神様は善と悪の両面性を持つ。愚かな人間を罰し、救いを求める人間に光を照らす。柵野眼は無差別殺人はしていないが、今の陰陽師が変革しなければどんな行動を起こすか分からない。
「そんな……。陰陽師の宿敵である悪霊が、陰陽師を作り出した神様と同格なんて」
「特撮ドラマである設定だよ。ヒーローと怪人が使っているエネルギーは結局は同じだ。『祈り』と『呪い』は表裏一体。絶望と希望は違うようで同じ」
そう考えるならば、自分の姉は現代に現れた天照であり月読命である。世界を破滅させるか、世界に救いを齎すか、どっちにでも転ぶ時限爆弾であると。いよいよ五芒星を五人集めるなんて茶番に感じる。姉である倉掛百花、いや柵野眼が1人いれば問題ないじゃないか。彼女が1人で天照大御神なのだから。
「だから倒して欲しいのさ。いや、倒せなくても引き籠らせるだけでいい。現代のスサノオ様に天照大御神を洞窟で追いやって欲しいのさ。創立者はさっさと隠居して、イチイチ口出しするなってね」
「でも……陰陽師の世の中は荒れ果てている」
「そこは修正すればいいさ。私も五芒星として坊ちゃんに協力する。好きなだけ陰陽師の世界を、元あった形に戻せばいいさ。他の五芒星の連中も納得するだろう。聞いた話によると木の巫女である白神棗は、相良十次の党首になる事に反発しているらしい。矢継林続期も意見に流されやすい性格だ。因幡の野郎は寝ているから分からないけど、私が説得してみせる」
だが、その前に天叢雲剣を手に入れなくてはならない。今の倉掛絶花では柵野眼も陰陽師の世界の変革への口出しを諦めてはくれない。彼女の受けた怨念は半端な物ではないから。だからこそ、倉掛絶花が陰陽師の党首になれば世界が変わるかもしれない。
「戦う理由はハッキリしたね。じゃあ、具体的な作戦をたてようか」




