家出
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「なにが起きている……」
「坊ちゃんってネットとか見ないでしょ」
倉掛絶花は真っ黒のライダースーツで派手な髪の色をしている女と一緒にいた。場所は霊界の山積神陰陽師事務所の跡地である。ここは代々、土御門家が管轄している機関だったのだが、他の地方の陰陽師機関と同様に暴動により崩れ去ってしまった。壁は崩れ、屋根上の瓦は地面に散乱し、樹木は根元から折れて、貴重な絵画や壺も破壊されている。無残としか表現できない。
「いないくなっていない従業員もいるから。お茶くらい出せるよ。ちょっと待っていてね」
山積神とは、日本神話に登場する男神であり、山々を神格化した神である。八岐大蛇退治において、須佐之男命の妻になる櫛名田比売の父母は山積神の子とされている。そういう意味では八岐大蛇とも関係のある場所だ。ちなみに土御門カヤノの名前のカヤノヒメと呼ばれる女神は、山積神の妻として知られる。因果関係のある名前が揃っている。
「こんな場所に連れてきて、俺をどうするつもりだ」
「五芒星の1人として推薦します。だから坊ちゃんに死んで貰っては困る。だから八岐大蛇を討伐するのを、もっと準備をしてからにして欲しい」
建前では前向きな事を言っているように聞こえるが、腹の中では諦めろと言っているとしか思えない。
「元々は俺が一人で討伐する予定だった。誰の協力もいらないし、準備もいらない。俺はお前に党首に推薦してもらう為に家出してきたワケじゃないぞ」
「存じておりますよ」
家政婦の格好をした女性たちが持ってきてくれたお茶を何食わぬ顔で飲み干しながら、コッチを向こうともしない。明後日の方向を向きながら、ぼーっと何も考えないように呆けている。部屋の中に戻ったというのに、全く着替えようとしない。党首に推薦したいとか言っているわりには無礼千万だ。
「これはどんな茶番だよ。俺は本気で八岐大蛇を討伐する。その本気を馬鹿にしているのか?」
「いいえ。討伐事態は大賛成です。ですが、100%不可能なのに気張っても仕方がないでしょう。相手は不死身の怪物ですよ。日本最古のって付け加えてもいい」
「それでも俺は……」
確かに無謀なのは分かっている。相手は捕獲不能なんてレベルじゃない。絶対に倒せる自信など微塵もない。少し冷静になって自暴自棄になっていたのは分かっている。しかし、それくらいの武器がないと姉が倒せないのだ。悪霊の最終地点を倒すには、日本最古の武器でも持ってこない事には勝負にならない。
「五芒星のルーツについて話でもしましょうか。竜宮城のお姫様、口寄せのイタコ、因幡の白兎、鍋島の化け猫、土御門家。こんな面々が連なっているが、実は五芒星という存在は元は1人の神様が役目を全てになっていたんだよ。話は平安よりも前に遡る」
口寄せのイタコとは青森県の霊能力者の事である。降霊術の伝統があり、膨大な妖力を秘めた陰陽師らしい。確か五芒星の木属性がそこに所属していたと思う。九州に火、近畿に水、中部に土、東北に木と五芒星は綺麗に分配されている。残る因幡の白兎が金属性だろうが、彼女に至っては噂すら聞いたことがない。
「この世に霊力を齎した張本人。この国の創造主たる神様。名前を天照大御神。陰陽師の『陽』を司る太陽を神格化させた神様だよ」
確か太陽神:天照大御神を祀っている場所が天岩戸と呼ばれる日本神話に登場する岩でできた洞窟である。淡路島の今も存在し、初代党首である安倍晴明が党首に任命された場所だ。
「五芒星が党首より階級が上なのは……」
「そう。陰陽師を作り出したそのものと言える天照大御神様そのもの。五人揃って天照の娘ってこと。まぁ、火属性とかメンバーチェンジしましたから、完全には天照とは言えないけどね」
五芒星同士が兄弟の関係で、火属性は元はメンバーが違ったのか。そんな話はどうでもいい。
「ハッキリ言おう。私は天叢雲剣を使っても柵野眼に勝利できる気がしない。アイツはきっと次元が違う。この世に生まれた怨念の塊だよ」
日が差す所には必ず影ができる。陰陽師の世界の創造主にも二人の神様がいた。太陽を司る天照大御神と月を司る月読命が。陰陽師はこの二人の兄弟によって作られた。だから『陰』『陽』を語っているのだから。相良十次の使っている夜幢丸なども陰の妖怪である。
「柵野眼は月読命に匹敵するかもしれない。1人で五芒星の五人分の強さってこと。いや、それ以上かも。まさに闇を統べる為の存在だ」
話が分からなくなっていく。陰陽師の誕生秘話なんて親父の退屈な説教で散々聞いたが、五芒星が天照の娘だとは知らなかった。おっと、全員ではないのか。
「火属性の元の陰陽師って?」
「木花開耶姫。富士山を与えられた山の神で、火属性、水属性、木属性の3つを任されていた。でも、彼女1人では背負い切れなかったから、兄弟ではない妖力を持つ存在に依頼したの。あぁ、これは平安よりももっと前の話ね」




