校則
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「電話があったにゃ。木属性の五芒星が相良十次の党首任命に応じたらしいにゃ」
「そう、順調ね」
「いや、思いのほか手こずったと聞いたにゃ。軽く小一時間くらい愚痴を聞かされたにゃ」
日曜日の休日に何故か家に居座る矢継林続期。家の中を掃除して、一緒に昼飯を作って、その後は私の部屋で寝転びながら漫画を読んでいた。倉掛百花も特にする事がなかったので、テレビを見たり、スマホでゲームをしたり、昼寝をしたりと、怠惰な時間を過ごしながら一日が終わろうとしている。夕方の4時半という時間帯にまでなってしまった。
「アルバイトに行ってくるにゃ。コスプレ喫茶に行くにゃ」
二階で漫画を読んでいると思いきや、突如ドタドタと一階へ降りてくる。巨大な鞄を持ち出して大きく背伸びをすると、鞄の中から私の在学校である苫鞠高校の制服に着替え始めた。人様の家で大胆かつ非常識な事をやってくれる。ものの数秒で着替えてしまった、さすがに手馴れている。
「今日、この家にずっといたのって、私が地方の陰陽師を抹殺しに行かないように見張っておく為だろ? そんな個人的な理由で目を離していいのか?」
「じゃあ一緒に働くにゃ」
「ウチはバイトは禁止の学校だ。それと明日も朝から学校で疲れたくない」
「でも学校の連中は洗脳しているから校則なんて瑣末な物にゃ。それにコスプレ喫茶如きで疲労感を感じていたら社会で生きて行けないにゃ」
「高校生が社会を語るな。というか、お前は陰陽師だろ」
結局、監視の役目については語ろうとしない。友達の家に一晩泊まって、バイトがある時間にオサラバって感じを貫き通すつもりだ。常に営業スマイルを絶やさず、キビキビと働いては、ダラーっと休んでいる。本当によく分からない女だ。
「分かったにゃ。弟君が帰ってこないから心配しているにゃ。優しいお姉ちゃんだにゃ」
「変な奴に絡まれても、陰陽師の力を使えば返り討ちでしょ。アイツは焼いても茹でても死なないよ。アイツを誘拐する間抜けな強盗犯もいないって。どうせ帰り道に美味しそうなケーキ屋さんでも見つけて動けなくなるまで食べているんでしょ」
「いや、今頃もっと酷い目にあっているかもにゃあ。…………考えたくないけど」
いくら中学二年生と言っても四時半に家に帰らないのを心配する姉というのは、少し大袈裟に思える。しかし倉掛絶花は仕事に時間をかけるタイプじゃない。早期解決で効率を最優先する。何より本人のやる気メータが極端に短い。この時間に『今から帰る』という報告をしないのは少しだけ気になる。
倉掛百花は心の底で危惧していることがあった。あの死を決意した覚悟という矢継林続期の発言である。倉掛絶花の態度が激変していることは百花も感じ取っていた。表情が暗く思いつめたような顔をする。下を向いて口もきかない。いつもの減らず口も勢いが少ないように見えた。百戦錬磨の倉掛絶花である。その辺の妖怪やチンピラ陰陽師に負ける気はしないが、あまりに身の丈に合わない相手に勝負を挑んでいるとすれば。
「出かける前に行き先くらいは伝えろって」
あんな可愛気の無い屁理屈野郎だが、たった1人しかない弟である。柵野眼は半分は竜宮真名子だが、もう半分は倉掛百花だ。絶花は兄弟の関係で間違いないのである。絶花は尊き理想とは少しズレているがそれでも殺す気にならなかったのは、家族の温情という物なのだ。
「迎えにいってやりますか。まったく世話がかかる弟だ」
腰掛けていたソファーから降りて私も大きく背伸びをする。
「おぉ、一緒にメイド喫茶でレッツ接待かにゃ?」
「違うよ。私は今から絶花を探しに行ってくる。私は探知能力は全く無いけど、相良十次や渡島塔吾に協力を頼めば、居場所を突き止めてくれるでしょ。今から二人にメールを送る」
「うーむ。それは残念にゃ」
スマートフォンから『倉掛絶花の居場所を特定して欲しい』という内容で送信する。相良十次からは返信は来ない。取り込み中なのだろうか。先ほど矢継林続期への報告はしていたようだが。既読が付かない以上は凄く忙しいのだろう。渡島塔吾の方はものの数秒で返信が帰ってきた。
『倉掛絶花君がどうかしたのかい?』
『今朝から場所を言わず出かけて、未だに帰ってこない。少し心配です』
『仕事に出かけたんだね? もしかしたら戦闘に手こずっているのかもしれない。僕の生徒に彼の妖力の探知をお願いしてみよう』
随分と素早い返信だった。現役の女子高校生と同スピードとは恐れ入る。とある学校の理事長と聞いたが、こういう能力も自然と身につくものなのだろうか。それとも相手が不機嫌になると世界を滅ぼしかねない私だから、気を使っているのだろうか。
『探知には時間がかかる。少しだけ待っていてくれ。結果が出たらいち早く報告する』
了解というスタンプを送った。杞憂だろうか、ただの心配し過ぎだろうか。今朝の思い詰めた顔が脳裏に浮かぶ。嫌な予感が百花を襲った。
「どこに行ったのよ、あの馬鹿は…………」




