海月
夜幢丸が居合い切りの体制になった。腰を低く構えて、日本刀を鞘に収めた状態で帯刀し、全身から陰のオーラを刀に集中させる。ここで目の前の二匹を仕留める腹積もりだ。
「馬鹿じゃないの? そんな溜めの長い必殺技が決まるとでも?」
青い顔のなまはげが左から、赤い顔のなまはげが右から包丁を突き立てる。甲冑に阻まれるが接合部部分を狙って刃を差し入れる。致命傷にならないが、両側から固定されてしまったので、夜幢丸は思うように動けない。次に相良十次に身体的な影響が現れる。
「ぐっ、なんだこれ」
「なまはげを一気に倒してしまおうというのは失敗だったね」
高低差のせいで声は届かないが、妖力を使ったテレパシーで直接脳に声が聞こえてくる。白神棗の勝ち誇った声が。見下ろすとさぞ『してやったり』という顔をしていた。
「冬に囲炉裏にあたっていると低音火傷をすることがある。それが怠け者の証。なまはげは怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる妖怪。つまり……」
相良十次の身体には火傷の跡がくっきりと現れた。鬼火による影響である。この攻撃の主がなまはげではない。『海月の火の玉』と呼ばれる火属性の妖怪だ。海の近くを飛び回る特性があるのだが、こんな山奥にいるということは、あらかじめ白神棗が用意していたのだろう。
ここまで小さい妖怪だと見つけられない。夜中ならともかく、日中に日が照っている状態では発見しにくいのだ。しかも白神棗が他属性の妖怪も使う事を想定してなかった。攻撃を受けるまで存在に気が付けなかった。大型の妖怪と戦っていて視界が狭くなり、妖力探知の集中も怠っていた。当然、空を飛べて夜幢丸の攻撃もするり抜ける。ただ単体に力がさほど無いので、不意打ちで火傷を負わせるのが精一杯。しかし、それで十分なのだ。
「これで大幅にパワーアップだよ」
「なるほどな」
赤い鬼と青い鬼の目玉が発光している。まさに処刑モードに切り替わったような感じだ。このまま甲冑の整合部分から切り取るつもりである。腕の力が徐々に増していき、気色の悪いニヤケ顔が見える。
「これで終わりだよ。身の程を弁えなかった自分の愚かさを悔いて恥じるがいいさ」
「実は夜幢丸にも少し特性があってだな」
相良十次は慌てない。海月の火の玉をマフラーで払い除けると、傷跡に巻きつけた。
「負け惜しみなんて男らしくないぞ」
「負け惜しみじゃない。勝利宣言だ」
次の瞬間に夜幢丸の姿が消えて無くなった。御札に戻したのである。これで肩の上に乗っていた相良十次は真っ逆さまに地面に頭から落ちていくことになるのだが、障子の中に潜る事で難を逃れた。
「また逃げた!! 今度はどこに行った……今度こそ障子の中に引きこもったか」
「違う、そんな真似はしない」
次の瞬間に相良十次は白神棗の背後にいた。取り巻きの鬼たちが白神棗を守ろうと前に出る。だが様子がおかしい。目を瞑ったまま動こうとしない。まるで瞑想でもしているかのようだ。
「何がしたいの? 夜幢丸を消したって私のなまはげは健在なのよ。拘束から一時的に逃げ出せたからって、何も状況は……」
相良十次がニヤッと笑った。次の瞬間に上空の方で不気味な悲鳴があがる。慌てて振り返って見ると、二匹のなまはげが血を垂らしながら無残に倒れ込んだのだ。白神棗は何が起こったか意味不明といった様子である。驚いて声が出ない、口をパクパクさせて雷に撃たれたように硬直している。
「透明人間っているだろ。夜幢丸の能力は俺以外の誰からも視認されなくなることさ。御札に戻したのではなく、姿を消してなまはげが驚いた隙に逃げ出したんだよ。俺が障子に消えたのはそれを隠すカモフラージュ。実態の見えない鎧武者、それが夜幢丸なんだ」
「…………そんな…………反則でしょ」
「あぁ、だからこそデメリットはある。陰陽師である俺の目は今、夜幢丸しか見えていない。それ以外の何もかもが見えない」
相良十次はゆっくりと目を見開いた。だが、そこに映ったのは闇の中に佇んでいる夜幢丸のみ。やはり、他のどんな物も見えていない。白神棗もその取り巻きの妖怪も、地面も森林も岩場も。倒れたなまはげも目目連も見えていない。自分の身体すら見えはしない。闇と同化した気分だ。
「はっ、なんで弱点を言うかな。じゃあ夜幢丸を無視してアナタを攻撃すれば……」
「出来るならそうすればいい。だが、夜幢丸の剣先はお前の傍にあるぜ。お前の妖怪が俺を切り裂くのが先か、夜幢丸が上空から刀を振い落すのが先か。早撃ちガンマン勝負でもするか? お前の取り巻きの鬼たちじゃ肉壁にもならないぜ」
「………………」
「あぁ。俺は確かに安倍晴明じゃない。でも、俺は党首になりたい。アイツになれなかった者になりたい。だから協力して欲しい。お前の負けだ、白神棗」
「………………うぅ」
「終わりだ。諦めろ」
白神棗は地面に座り込んでしまった。半泣きで唇を噛み締めて、悔しそうに膝を何度も叩く。有象無象の妖怪たちも諦めたのか御札の中に吸収されていく。敗北を認めた証拠だ。夜幢丸は実態を現し、ようやく相良十次の視力も回復した。
「はぁ、疲れた。こんな戦いは二度とゴメンだな」




