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最悪

 帰れなかった、私はやつに見事唆そそのかされて、言われることに反発するがように、山に聳える石畳の階段を全力で駆け上がった。恐怖心、七割。残りは……信頼だ。


 あいつは私を姉だと思っている。大っ嫌いだと思っていた弟は、きっと私のことを姉だと思っている。例え非人道的な主義者でも、超絶甘党でも、それでも大切な家族との絆を持っている。根拠のない自信だが、一時期でも住む家を共にしたあいつを信じたい自分がいた。


 だが、テストの解答用紙とは、欲しくない反面で、早く目の当たりにしたい人間の感情があるだろう。好奇心でも、気高き勇気でもない。『恐怖心』だ。そこに自分の見たくない物がある。それだけで、頭より前に、身体が動いていた。


 「私は陰陽師になんかならない。私は陰陽師じゃない」


 私は陰陽師として育てられていないのだ。才能なしで解放されたって、私の母親が言っていたのだ。だから、私が陰陽師になる必要なんかない。必要なんか……。


 「何をやっているのよ、私の弟は」


 悪霊、再来。もう一体目、襲撃。簡単に言うと、今に必死に探し回っている悪霊が、絶賛逆走中の私の目の前に姿を現したのだ。どんな危機的状況だ。こんな最悪なシュチュエーションは……死亡フラグだろうが!!


 「ぐっぐっぐ」


 何を言っているのか分からない。でも……奴の気持ちはなんとなく分かる。殺したい、道連れにしたい。これが組織が瓦解して、統一性を失った陰陽師機関の不在で、ここまでの駄目な警備状態を作り上げたのか。


 男の方だ、とか私の弟が言っていたが……こいつは女性にしか見えない。真っ黒な髪、長い犬歯、鋭い目つき、長い爪、白い服、全身から漂う邪悪なオーラ。これが悪霊だろう、きっとこいつは先ほどの作戦で取りこぼして、残してしまった……もう一体の悪霊だ。


 「最悪だわ……」


 「姉上様。逃げましょう。きっと絶花様が我々を救出してくれます。だから諦めないで……全力で逃げて!!」


 炎天下での階段の昇り降りの後に、まさか悪霊と追いかけっこをする羽目になるとは。私は今日はつくづくと運がない。


 「逃げられるの?」


 「失敗する可能性を考慮しても、宜しくないかと」


 そうだな、数字を聞いて嬉しい結果が返ってくるとは思えない。


 「逃げま……しょう!!」


 私はダッシュで後ろを振り向いた。本当なら弟のいる階段の上を目指したい気持ちだが、相手がそっちにいる限り、どうしようもない。だが、嫌な気がする。ここは石畳の階段、かの有名な悪霊の襲撃スポットで……今まで数多の死亡フラグシーンを小説家たちが模索してきた場所である。


 「なにこの……整ったような最悪な場面は……」


 最悪は悪化する、悪霊が今度は妙な体制を取った。膝を落としたのだ。逃げると声だけ発せた私は、結局のところ足が竦んで声が出なく、涙が溢れて、身動きが取れなくなった。こんなに時間が経っても生きているのは、生き物は逃げる相手を追う習性があるというアレだろうか。


 そんな私を悪霊は放っておくのである。


 「なにしているの? あいつ?」


 「これは……分かりかねます」


 膝を落としてすること……想像がつかない。石畳の上に天を見るような格好になり、顔を合わせないようにしている。


 「痛い……」


 さっき、奴を見た衝動で躓いたのだ。今、私は足を挫いて倒れた姿勢になる。立ち上がりたいのは山々だが、上手くいかない。逃げ出したい気持ちはあるのだが、どうも体の震えが収まらない。


 「なに……あれ?」


 服を着ていく? どうしてだ? 


 奴の姿が完全に変わっていく。服を着ていくのだ。まるで瞬きをする度に、奴の絵が変わっていくように。更に髪の色や、肌の色まで変わる。


 「ちょっと……あれじゃまるで……」


 「人間になっていくようですね」


 ですね……って、人間になるはずがないだろう。そんな……なんの目的があって。……いや、奴の変身の姿から目的が掴めてきたぞ。もしかしたら奴の狙いは……私に変身することかもしれない。


 「私の名前は『倉掛百花』」


 声まで同じ、オリジナルと成り代わる気なのか。ドッペルゲンガーにでもなったつもりか。


 「こっ、これは‥…。噂でしか耳にしなかった。悪霊の最終進化……レベル3。今までの悪霊の特性に加えて人間らしさだけではなく、陰陽師の特性も兼ね備えた無敵の存在になるという」


 「そんな……だから私は陰陽師の世界の噂どころか、一般的な知識もないからさ」


 もう目の前が真っ暗だ。恐怖が抜けない。そんなに善行を詰んだ覚えもないが、他人から恨まれるような生き方もしてはこなかった。真面目な優等生で、優しい私だと思っていたのに……。


 「助けて……絶花…」


 最後に助けを求められるのが、あいつしかいなかった。

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