端末
相良十次は唖然とした。これでも戦闘経験はそれなりにあるし、強大な能力を秘めた相手とも戦ってきた。だが、ここまで多くの式神と契約している陰陽師は見たことがない。いや、聞いたことすらない。人間には不可能ではないか、そう思ってしまうほどである。
簡単に言うと、式神と陰陽師の妖力は需要と供給の関係で成り立っている。だから、陰陽師が動く場合は式神から妖力を譲渡して貰い、逆に式神を動かす場合は陰陽師の妖力を喰わせる。だから動作が多くなるほど、式神に奪われる妖力は跳ね上がり大幅に消滅していく。まして数千の式神を動かすなど自殺行為にも等しい。なのに彼女は苦しそうではない。ケロッとしている。
「マジか。こんなことってあるのか」
「これが私の特殊能力のようなもの。私は戦わなくても、この子達が戦ってくれる。私には強大な力なんていらない。戦いは質よりも量。人海戦術こそ最強の戦術よ!!」
木属性の弱点は『金』。金属製の斧や鋸は木を傷つけ、切り倒す。しかし、夜幢丸は属性の枠に当てはまらない『陰』の妖怪だし、目目連は奴の式神と同じで木属性。つまり有効打はないという事だ。
古今東西の妖怪が立ち並ぶ。一匹一匹の実力はさほど高くない。顔の大きさくらいしかいない天狗が二匹も上空から襲って来るが、目目連を使って頭上に障子を出現させて、瞬時にワープさせて消し去る。前から包丁を持って、奇声をあげながら鬼の形相で襲いかかってきた山姥を、地面から咄嗟に黒鎖を出現させて縛り付け、そのまま障子の闇に飛ばす。
キリがない。このままでは消耗する一方だ。ここには歪な岩場が沢山あって隠れる場所がある。そこに向かって逃げ込んで様子を伺うが、先ほど大量の御札から出てきた妖怪が半分ほどいない。見えるのは白神棗を護衛している強靭な肉体の鬼共と、上空を天狗部隊がズラリ。だが、その半分以上が森に消えて、岩場に隠れて、地面に潜って、気配を消してしまった。
「主殿、囲まれてしまいました」
「あぁ。夜幢丸はなまはげ相手に忙しいし。ここは俺たちだけでどうにかするしかない」
と、手の甲に出現した巨大な目玉に話しかける。目目連の端末だ。嫌な汗が額からこぼれ落ちる。通常ではこんなピンチは有り得ないのだ。奴が五芒星の後継者である事は疑いようがない。歯を食いしばりながら状況を打開する方法を考えるも、この絶体絶命のピンチを切り抜ける方法が思いつかない。妖怪にはそれぞれ特性がある。それを一匹づつ処理していくのは至難の技だ。それにそんな時間をくれるかどうかも別問題。
その時だった。轟音が鳴り響く。
「ご、お、お、俺が、ごレが、殺す~」
慌てて岩場から顔を覗かせると、そこには巨大な式神がいた。名前は『迷い家』。名前の通り家がそのまま妖怪になった感じだ。見た目が古い木造の小屋のような姿だが、具体的に家の壁に入っている大きな切り込み傷が、目と口に見えて動いている。更にどういう物理現象なのか分からないが、少しだけ地面から浮いておりゆっくりだが動けるようだ。訪れた者に幸福をもたらすと言われる妖怪である、お供え物を献上したらの話だが。
「アイツ、動けたのかっ!!」
なまはげという巨大妖怪を使役しながら、ここまで巨大な妖怪を使うとは、白神棗の妖力が底なしに感じてしまう。すると逆方向からも呻き声にも似たダミ声が耳に入る。恐る恐る振り返って見ると、そこにも巨大妖怪がいた。妖怪『タンタンコリン』。巨大な腐った柿の実に耳と鼻と口が付与されている妖怪である。柿をとらずに熟したままにしておくとでる、古い柿の木が化けた大入道だ。いや、文献の姿とだいぶ違う。大入道というより、巨大フルーツなのだが。
「ドけぇ。俺の出番だぁあ」
「なんだよ、このラスボスラッシュ!! いじめかっ、いじめなのかっ!!」
頭が真っ白になる。ここまで大型だと障子の大きさに入らない。ワープさせて消し去ることが出来ない。こういう相手は是非、夜幢丸にお願いしたのだが、ふと上空を見上げると夜幢丸はなまはげ二匹にかなり手こずっているらしく、コッチへ助けに来てくれる様子はない。
「あはははははは。ざまあみろ、どうにもならないだろ!!」
勝ち誇ったような白神棗の嘲笑い声が更に相良十次の神経を逆撫でする。確かにどうにもならない。容赦なく突進してくる木属性の二匹の妖怪。鎖で縛る事も考えたが、迷い家はともかく回転する球体を縛るのは無理だ。何より柿の方は動きが早くて止められる自信がない。
「避けるしかない……」
苦渋の選択だった。あまり今から党首になろうという人間が逃げ回るスタンスを見せるのはどうかと思うが、意地を張れる状況じゃない。地面を華麗にバク転して柿の突進を躱す。すると勢い余ったのか、その柿は自分で自分の身体にブレーキをかけられないらしく、そのまま迷い家に激突した。それも顔面から。
「「ぐぉぉごごごご」」
勝手にやっていろ、心の中で馬鹿にするように吐き捨てて、倒れ込む二体の妖怪を眺めていると、次の瞬間に何か得体の知れない者に身体を三重に巻きつけられた。まるで人肌にようか感触である。この妖怪が何者か気づいた頃には完全に拘束されて、上空へと持ち上げられていた。キツく縛られているので腕に力が入らず、手に持っていた鎖鎌を地面に落としてしまう。
「しまった……油断した」
「ふふふ。油断大敵よ。ここにいる妖怪の全てが敵なのに」
「お前は妖怪『ろくろ首』か。チクショウっ」
木は火で燃えるから弱点は火だと思うかもですが実際には金なんですね。
逆に火を燃え上がらせる物として木は友好という解釈なんです




