復興
簡単には飲み込めなかった。言っている意味を理解するのに数秒かかった。固まって声が出せず、思考が停止して、頭が混乱した。この女が発した言葉は、何より意味不明だ。
「俺が党首?」
「そうです。坊ちゃん」
「話にならない。どうして俺が党首なんだ。こんな嫌われ者で、憎まれ屋で、卑怯者で、性格がクズで、他人から疎ましく思われている、俺みたいな人間を」
「だからこそ、貴方がふさわしい」
「冷やかしか?」
「違います。大真面目です」
彼女は視線を逸らさない。キリッとした表情で絶花を注視している。絶花の感情が憤りから不安に感じた。自分が党首になれる逸材だと思わない。相良十次という適任者がいる以上は波風を立てない方がいいと思う。現代には自分こそが陰陽師の党首になると叫ぶ輩がいるが、倉掛絶花はそんな気持ちは無かった。何より自分が人の上に立つ人間ではない事は分かっている。
「俺にはそんな資格はないよ。暇なら相良十次を任命すればいいさ。俺なんかに党首は無理だよ。やる気がない人間が重要役職に就くべきじゃない」
「果たしてやる気がないのかな?」
含みのある言い方をしている。まるで絶花が嘘を言っているような感じだ。声のトーンも態度も、まるで何もかも見抜いているような口調で話す。いや、実際に奇妙なのだ。どうしてヤマタノオロチの討伐の件を知っている。姉は勿論、この計画は誰にも話していない。それなのに、こんな場所で待ち伏せするなんて。
「どういう意味だよ」
「レベル4の悪霊が誕生した。相良十次はこれに見切りを付けた。無難に柵野眼の願いを叶えることで、彼女を倒さずして陰陽師の復興を考えた。だが、柵野眼がいつ腹積もりが変わって人間を攻撃するか分からない。既に何名かの一般人が洗脳の被害に遭っている。不安要素を残し悪霊の言い成りとなる政策を立ち上げる。いくら安倍晴明の血筋だろうと。奴には見込みはない」
手厳しい意見だ。倉掛絶花も確かに気に食わないと思ったが、それでも党首としては妥当な判断だと思った。感情的にならず、全ての条件と被害の可能性を考慮した上で最善策を取る。リーダーとしては正しい判断だ。むしろ、絶花にはそういう全体を考える力がない。小細工や卑怯な小技、挑発ならば得意だ。だが、極めて陰陽師としての意識が高く感情的な人間であり、理屈で動かない場合がある。これは絶花が一番に理解している。
「俺のお姉ちゃんは最強だ。レベル4なんだ。誰も勝てないよ。だから相良十次の判断は正しい」
「では次に陰陽師や一般人に容赦なく襲いかかるレベル4の悪霊が生まれたらどうする。いや、更に凶悪な悪霊が出現するかもしれない。この階段を登る努力をする事なく、勝ち目のない敵に尻尾を巻いて逃げた。乗り越える努力をしようともしない。やっている事は五芒星を集めてサッサと党首になってしまおうと、女の尻を追い掛け回している。私はこういう向上心の無い男は嫌いだ」
相良十次も厄介な思想の持ち主と対峙したものだ。彼女が五芒星である以上はどうにかして懐柔しなければならない。儀式に五芒星は全員必須だから。
「貴方は戦おうとしている。諦めずに頑張っている。誰もが逃げ出す絶望的な危機に希望を捨てていない。勝率を度外視して誰かを救う為に戦っている。そういう人に党首になって欲しい。肩書きや性格やレッテルや儀式なんてどうでもいい。大切なのは……陰陽師としてのプライド」
今まで自分を肯定してくれる人は少なかった。嫌われ者だったから。家族を除けば、初めて心から褒めてくれた人かもしれない。孤独な戦いだった、自分の行動は間違っていて、それでも自分は馬鹿だから無謀な戦いをしているのだと思っていた。でも、ここに理解者がいた。少しだけ涙ぐんだ。
「私は貴方を推薦します。その他の五芒星にもこれを承諾して欲しい。柵野眼を屈服させましょう。新しい絶望的な脅威を払ってこそ、新時代の幕開けにふさわしい」
少し微笑んで見せた。彼女が本気なのは十分に伝わった。土御門家は陰陽師の中でも名門のお家柄である。意識が高い絶花とはどこか意気投合を出来る部分があったのかもしれない。それに彼女は新しい陰陽師の組織方針にも従う気持ちがないのかもしれない。推薦で絶花を推すということは。
「でも……やっぱり党首にはなれないよ。俺は安倍晴明の血筋とは無縁なんだ」
「血筋ですか。それも問題ないと思いますけどね」
のっぺらぼうが懐から取り出した茶色くなって汚い古本を受け取った。
「それも満たしていると思いますよ。実は陰陽師創世記の党首の候補はもう1人いました。安倍晴明のライバルで、互角の実力を持っていた男。知っていますか? あの男の子孫が実は生きているという事実を。私はあの男の妖力も今でもしっかり記憶しているのです。妖力は代々受け継ぐ者。幾万年の時が過ぎようと色褪せない物」
「安倍晴明のライバルって1人しか……まさか……」
「蘆屋道満の子孫なんですよ。あ・な・た・が!!」
特に何もしない陰陽師にイラストを頂きました。第一話に貼ったので見てください




