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山野

 ★

 

 「優秀になんか生まれたくなかった」


 そう倉掛絶花は口走った。今まで陰陽師の世界に閉じ込められていた。遊び相手は妖怪、でも友達ではなく式神である。母親は口を聞いてくれなかった。父親は自分の事を宣伝道具としか思っていなかった。周りから褒められた、凄い将来性だと賛美された。大きな期待を受けて、それに応える事でしか自分の存在意義を感じられなかった。暗い過去。


 同年代の友達などいない。学校でも他人と関わらないように生きてきた。腹の中で他人を見下しながら。だが、成長に連れてそれに違和感が生じた。陰陽師だからと言って、自分は別に彼らと比べて上級国民でも何でもないのではないか、と。そう父親に質問したら殴られた。洗脳されるかのように説教を受けた。


 同年代の陰陽師候補からは疎まれた。優秀だから、才能があるから、血筋が由緒正しいから。お前だけは特別だから。父親が仕切る陰陽師機関で育てられたから特別待遇だったのだ。で、そのせいで皆と仲良くなれないと父親に訴えると、また殴られた。弱者に構うなと。


 孤独だった。孤独と闘い続けた。だが、最近になって孤独じゃなくなった。なのにそれも束の間で、また孤独に逆戻りした。姉は姉でなくなった。


 「俺は幸せなんかじゃない。俺は……」

 

 「…………俺は?」


 目の前に女が姿を現した。真っ黒のライダースーツ、体のラインがハッキリと分かる。顔には防護用の黒いヘルメットを被り、手にも黒い手袋。威圧感の感じる目で、嫌な覇気を感じる。攻撃的な美的センスを感じる女性だ。霊界は表の世界と比べてかなり暗いのに、それでも遠目で黒色が分かる。髪の色はオレンジでパーマミディアムという現代チックな印象だ。


 ヤマタノオロチを討伐すべく決死の覚悟で霊界から長野県佐久市常和の山田神社へと向かっていた。最終目的地は蛇石である。奴を倒して幻の刀を手に入れる事が目的だったのだが。


 「山積神やまつかみ陰陽師機関所属。土御門つちみかどカヤノ。土属性の五芒星」


 彼女の傍には2体の式神がいる。一匹は妖怪・のっぺらぼう。一般的に外見は普通の人間だが、顔には目も鼻も口もない。江戸時代の子供のような古着の着物をしており、頭はなぜかチョンマゲである。草履を履いていて、身長は彼女よりも小さい。


 もう一匹は……ツチノコか? 巨大な大蛇であるのだが、その姿は他とは少し違う。とんかちに似た形態の、胴が太いヘビであり目と鼻がない。ツチノコという言葉は未確認生命物体として扱われた時に使われるのであり、妖怪としての名称は『土転び』である。しかし、このサイズは見たことがない。直径15センチ、体長1メートルくらいで、太さの割りに短い。先程から「チィー」という不気味な鳴き声をあげている。


 「違う。土転びじゃない。この子の名前は野槌のづち。奈良時代に草の女神であるカヤノヒメが生み出した山野の精。まぁ、鹿とかウサギやリス、人間とかも食べますけどね」


 確か土転びはジャンプ力が高く、非常に素早い。尺取虫のように身体を屈折させて、尾をくわえて体を輪にして転がる。猛毒を持っていて、戦闘用の式神としては理想的だ。だが、野槌という妖怪は聞いた事がない。


 「ツチノコは土転びが人間に見えてしまった姿だけど、この野槌は土転びの元祖。大本を辿ると古代の土転び。といった感じだよ。のっぺらぼうと同じで顔のパーツがないのが特徴なんだ」


 そんな物は見たら分かる。だが、ここまで式神を並べているが、攻撃してくる気配はない。お姉ちゃんや矢継林続期とは違った五芒星。果たして緑画高校の差し金であろうか。


 「俺と戦うつもりか」


 「そんな気持ちはない。私は自分の使命を果たしに来ただけ。貴方はヤマタノオロチを討伐しようとしている。だから、私はそれに協力したい。私は貴方に協力しに来た」


 土御門つちみかど家と言えば陰陽師の中でも、かなり名前が知れ渡っている、平安から続くエリート陰陽師の一家だ。安倍晴明が指揮っていた時代から頭角があり、今までも何人もの陰陽師が御門城で党首の護衛任務に就いている。だが、土御門の家に五芒星がいるとは知らなかった。


 「どういうつもりなんだ」


 「私は五芒星の一人として使命を果たす。この混乱した世の中を救う為に、動かなくてはならない。他の五芒星も何らかの方法で動いているはず。あなたが無謀な闘いによって死んでしまっては困る。生きてこれからの陰陽師の世界を救ってもらう。でも、貴方の意思は強い。ヤマタノオロチを倒す決心は変わらないだろう。だから、私も協力する。いや、するしかない」


 彼女は眠そうにまぶたを擦りながら、首を傾げている。寝起きなのか? 大蛇によって道を通行止めして化け鯨の進行を阻んだ時は、随分と気迫を感じたのだが、時間が経つに従って眠そうな表情になり顔が緩んでいく。今は午前10:00の日曜日。あの着崩れたライダースーツから察するに、彼女は使命を果たす為に日頃は寝ている時間に早起きして俺に会いに来てくれたのか。五芒星がそこまでする理由が分からない。彼女がヤマタノオロチを倒したい理由も思いつかない。


 「なんで俺を助けてくれる? 俺が世の中を救うってなんだよ」


 この女は真顔でアッサリと言い放った。


 「私は貴方を陰陽師機関党首として推薦したい」

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