老舗
畳返で生成した亜空間から元いた客室間に戻ってくる。ここまで素性がハッキリすれば本人が出てきて詳細を説明するしかないだろう。この天狗を縛って拷問しても簡単に有力な情報を吐くとは思えない。
「蘆屋道満が大天狗になったと嘘までついて、俺に会いたくなかったのか」
「そりゃあ私たちは旧陰陽師の方針に仇なす無礼者だからね。五芒星だから柔軟な対応してくれると思っていたあたりが甘いでしょ。一回は理事長の緑画高校の入学を断っているのだから。思想が私たちと合わないのは明確じゃん」
「…………そうだな」
優秀な部下がそばにいてくれて嬉しい限りだが、ここまで頼りきりだと恥ずかしくなってくる。相良十次は顔を赤くして、悔しそうに俯いている。鶴見牡丹は得意気な顔などせず、さぞ面倒な事態になったという嫌そうな顔をしていた。思想の違い、意見の対立、協力への拒否。ここまであからさまに拒まれると友好関係を結ぶ計画が不可能なのではないかと思ってしまう。
「どうするよ、これ」
★
緑色の髪に鮮やかな紅葉色の和服を着ている。鶴見牡丹は温泉で見たシルエットはこの娘だと思い出していた。地面まで伸びている髪型が特徴的で、今までの五芒星よりも身長が高い。柔らかい顔をしているのに、今は心に不満を抱えているのかイライラが垣間見える。
「はぁ。なんで私がこんな奴らの前に出て行かなきゃならないかな」
作戦失敗につき、素直に出て来てくれた。五芒星の木属性担当の巫女である白神柄杓だ。巫女服ではなく老舗の旅館の女将のような格好の和服を着ている。勢い良く襖を開けると悪びれる事もなく颯爽と姿を現して、座布団の上にふんぞり返る。客室に入る女将の態度ではない。あの伝統の襖の下の部分に手を添えているのを見てみたかった。
「で? 何しに来たのさ」
「そこのお婆さんに、いや天狗にもう説明したぞ。それをどこかで聞いていただろうが。つーか、こんな手の込んだ嫌がらせをするんだ。もう事情なんて百も承知だろう」
「はっ。覗き魔が何を偉そうに」
「見てねーよ。その前に腹を殴られて気絶したから」
「党首が部下に腹を殴られて気絶とか、そんな情けない人を党首とは認めません。帰れ、帰れ」
明後日の方向を向きながら知らん顔で手を雑に振って帰れコールである。党首としての威厳が皆無なのは認める所だが、ここまで悪質な態度を取らなくても。と思いつつも、五芒星の方が党首より地位が上である事を思い出した。コイツは全国でたった五人の党首に謙る事などしなくても良い陰陽師なのである。
「私の天狗を御札に戻せないなぁ。その鎖が原因か。人質なんて男が小さいぞ」
「先に襲って来たくせに。正当防衛だろうが!!」
女性に大声をあげる悪い癖がまた出てしまった。自分でも頭を抱える。だが、ここで大人しく引く訳にはいかない。ここで彼女を連れて行けなければ、党首となる事が出来ないのだ。それでは柵野眼の暴走を止められない。自分が党首になって陰陽師の世界の規則を変えるのだ。その意思がフツフツと込み上げててくる。
「天狗は返してやる。別に何も交渉なんかいらないよ」
「ふん」
下手に出る態度は見せないようだが、こんな瑣末な事で言い争っても仕方がないので、宣言通りに天狗に絡まっている鎖を外して外へ逃がしてやった。すぐに白神柄杓の御札に戻る。
「確認したい。お前が白神柄杓でいいんだな」
「違う。それは私の名前じゃない。それは私のお婆ちゃんの名前だよ。私の名前は白神棗。五芒星じゃなくてその孫で、次期五芒星って感じ。お婆ちゃんは病院で寝ているよ。だからお勤めは無理です。仮に私が継承したとしても、あなたを任命なんかしない」
「じゃあ、白神柄杓が今の五芒星だけど、戦線復帰は無理だと。じゃああなたのお母さんとかは」
「死んだの。悪霊との戦いで」
……不穏な空気が流れた。自分の母親との別れを思い出すのは辛いことだろう。不躾に余計なことを口走ってしまった。
「レベル3だっけ? アレにやられた。陰陽師の本部の党首様もレベル3の悪霊に殺されたんだっけ? もう陰陽師もおしまいかもね。誰もアイツらを止められないじゃん」
確かに悪霊は本来的に陰陽師が束になって挑む物であり、殉職も珍しくない。レベル3の一般の人間的な思考を持った悪霊など、こんな田舎では対抗出来るはずがなかったのだろう。 だが事態はコイツが思っているよりも深刻だ。だって、我々が相手取っているのは、その上位互換のレベル4の悪霊である。
「ねぇ。五芒星ってどのタイミングで受け継ぐの?」
鶴見の質問に、少し苦い顔をしながら答える。
「そんなに明確なバトンタッチはないよ。自然な流れで、死んだら次の人間が名乗るって連鎖していくだけ」
「じゃあ白神柄杓さんは動けないならば、あなたが五芒星を名乗っていいんじゃない? 五芒星の継承が曖昧ならば、その場で動ける人間じゃダメなの?」
「だから、こんな男は認めないと言っているだろ」




