突然
このままだと埓があかない。私だってまだ昼食にありついていないのだ。こんなよく分からない妖怪もどきに時間を取られるのは御免だ。
「復讐だが、仇討ちだが、知らないけど勝手にすればいいよ。私はもう帰るから」
「ちょっと待ちな。お姉ちゃん。あんた……陰陽師になる気はないかい?」
「うん。丸っきりない。今日の戦いとか見て、私には無理だってしっかり自覚した。それにあんたの目的は私の弟の式神に勝つことでしょ。素人の私と組んで、あいつに勝てるはずがないじゃない」
理由は定かではないが、きっと奴は自分のリベンジマッチに私を利用する気なのだ。考察するに、あの骨だけ鯨はもう弟と陰陽師と式神としての契約を果たしていて、何かしらのパワーアップを果たしており、自分も対抗せねば負けると踏んだのだろう。
「あの馬鹿に恨み持っている陰陽師なら山ほどいるだろう。コキ使われている部下でも仲間に誘ったらどう?」
「駄目だ、あの野郎は極めて強い。『化鯨』は本来では陰陽師が捕獲不能と認定された大妖怪で、そいつが陰陽師と組んで戦うんだ。こっちもそれなりの戦力じゃないと勝てないんだよ。その辺のチンピラ陰陽師じゃ話にならん」
その……チンピラよりも勝機が見込めないのが私なのだが……。
「確かにあんたは陰陽師じゃない。経験値は皆無、知識もない。だが、俺には分かる。あんたには何か一味違う『妖力』がある。いるんだよ、この世の中にはあんたの弟みたいな突然変異な魂が」
そして私も……突然変異だと言いたいのか……。でも、私は陰陽師である母親が職務を遂行していたのに、陰陽師の機関にはお呼ばれされなかった。もし、私も弟ばりの才能があるなら、何かしらのスカウトが来るはずだろう。この歳まで無関係の世界に生きていたのが、違和感として残る。
「きっと、あんたとなら勝てる。確かにこの瞬間から式神契約をして、奴の不意をつけば勝てるとは思わない。だが、あんたを主として戦った方が、一番の最短距離な気がするんだ。それにあの野郎の主が、お前が相手だって事で、油断するかもしれないだろう。それとか、家族との戦いを躊躇したりとか」
油断や躊躇、不意をつくなど、どうもリベンジマッチにしては、随分と情けない作戦を模索しているようだ。そんな条件下で勝利しても、本当の意味で勝者にはなれないだろうと思った。だが、こいつの目標なんかどうでもいい。
一番に気になっていたことがある。
「それは私にとってなんのメリットになるんだよ……」
「あんたは弟を排除したい。そう思っていたんじゃないのか?」
排除? そんな格好良いイメージではない。ただ迷惑とは思っていた。急に現れて、自由気儘に振舞って、不愛想な態度を取って、私と母親との貴重な時間を奪った元凶で。
「別に……家族は大切にするよ。私の方が年上なんだから……私が我慢しなくちゃ。あいつはきっとヘラヘラした顔をして苦しんでいるよ。そんなあいつを私は助けてあげられない。だから……せめて、あいつの居場所くらいにはなってあげる気持ちなの」
兄弟愛と言えば嘘になるが、奴をなるべく傷つけたくないとは思っている。きっとこれも自分の為なのだろう。これ以上、家庭環境を劣悪にしない為の措置だと思ってもらいたい。
「そうか、君はもうあいつに感情を許しているのか。これだから……現代人は。人間を見る目がないな。君の弟だが、君が思っているような好印象の人間じゃないと思うけど」
別に好印象ではない。超絶甘党には気持ち悪いと思っているし、素っ気ない態度には腹が立っているし、仕事を曖昧にしている姿も見ていて気持ちがいい物ではない。
「いいかい? さっき君には特殊な妖力が秘められていると言っただろう。あいつは君と同じで特殊な魂を持った妖力を持っている」
特殊…私は一般の陰陽師がどういう物かも知らないのだが……。そんな言い方をされても……。
「奴の腕力や馬力は低い、妖力の総合量も一般以下、スキルも多く持つ訳ではない。それでも……俺を追い詰めた程の『深海の大妖怪』たる化鯨を従え、異例の出世を果たしている。奴には普通じゃないなにかがある」
「それは陰陽師としてのあいつのプロフィールでしょ。私にとって……あいつは普通に父親の違う弟よ」
「本当に君の弟なのか? 本当に血縁関係があるのか?」
……なにっ……。確かにあいつは母親が連れてきて、設定を述べて、私の家に居候しているだけの身である。私の母親が何らかの嘘をついて、弟の本当の所在を語っているなら……。
「なにそれ? 私を脅そうとしているの?」
「脅す? 違うよ、警告だよ。君の弟さんは君に対して、『毒』か『薬』か。それとも……運命の歯車は既に回っている。本当にこの戦いから降りたいなら……この町から出て行くことだ。どこか遠くへ逃げろ」
運命? 歯車? さっきから何を厨二病みたいな発言を繰り返している。
「猶予を与える。もしこの場に残り、諸悪と戦う決心がついたなら……また俺は君の前に姿を現そう……君は……陰陽師になるしかないんだよ……」
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