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咄嗟

「覚えてねーよ。間違いなく初対面だよ」


 そう思いつつも後ろめたい気持ちもある。安倍晴明が党首へと任命される前に、実は天狗を封印したという文献があるのだ。おそらく揺るがない事実なのだろう。まさかそれが大天狗だとは知らなかったが。相良十次は大きく舌打ちして、座布団から立ち上がると大きく後ろへ下がった。鶴見牡丹もほぼ同じタイミングで後ろへと下がる。


 「死んだ人間に取り付く妖怪が、まさか蘆屋道満の子孫に取り付いていたとはな。確かに適性はありそうな人だから、驚くことじゃないんだろうけど」


 あの天狗の羽団扇が厄介だ。あの武器自体がかなりの神力を含んでおり、飛行することや分身を生み出すこと。風雨、火炎なども生み出せる。それどころか人心掌握まで可能な万能の武器である。持っているだけでレベルの低い悪霊ならば退治出来る代物だ。


 「党首の座を狙っている? そう聞いたな。私はもうそんな椅子などどうでもいい。ここまで悪に身を落とせば叶わぬ夢だろう。だが、安倍晴明の子孫よ。貴様だけは生かしてなるものか」


 『天狗』という単語を一般的に傲慢な人や慢心を持つ人の表現に使われる。いわば特別扱いを当然と思っている人だ。だが、それは語源は天狗の習性にあり、天狗として復活する人間はいわばそういう人間でなければ適正がないという事である。それも大天狗となるとその傲慢さは計り知れない。しかも相手はかの有名な蘆屋道満だ。


 「そんなに党首になれなかったことが悔しいのかよ」


 「当たり前だ。あの男は陰陽師世界を救済したように文献では描かれているが、実際はそうではない。自分の王国を築きあげたかっただけのクズだ。欲深くて、狡猾で、卑怯者。それが安倍晴明の正体だ」


 マザーテレサはその成し遂げた偉業とは裏腹にかなりの強情張りな性格だったらしい。偉人なんてそんな物だろう。それほどの人間としての激情を持っていなければ世界など変えられるものか。相良十次だって心の底では安倍晴明を尊敬している。だがらといって、それは経歴や実業のことであって、間違っても彼の陰陽師としての性格や人情ではない。


 「おい。もう死んだ人を悪く言うのはやめろよ」


 「さぁ、そこの小娘よ。操ってやるぞ。今すぐその男の首を締め上げろ!!」


 相良の発言を完全に無視して自慢の人心掌握術を使用した。鶴見牡丹の目が妖しく光る。まるで紫色の淀みがかった色だ。鶴見牡丹の体が電気ショックにでも当てられたように大きく跳ねる。だが、その場に転げることもなく、ただ真っ直ぐに相良十次の方向を向いた。


 「そんなのアリかよ」


 まさかたった1人の護衛を奪われるなんて。誤算もいいところだ。焦って咄嗟に鶴見牡丹から離れようとしたが、腕をギュッと左手で掴まれた。先ほどの温泉地での仕返しのようである。このままでは洗脳された鶴見牡丹に殺される。だが、操られているだけの彼女を攻撃する訳には……。


 「おい、鶴見牡丹!! しっかりしやがれ!! 簡単に操られているんじゃねーよ!!」


 「…………」


 いつもは口喧しい彼女が一切返事をしない。ただ黙ったままコチラを見つめている。そして、「うぉあ!」という相良の悲鳴と共に、本当に片方の手で首を容赦なく締め始めた。全くまばたきをしない。目を開眼させたまま、まるで人形のようにコチラを真剣に見つめている。


 「ふざけんな!!」


 相良も必死に腕を振り解こうと頑張るが信じられないパワーである。女子の握力とは思えない。なにかこれも洗脳によって身体のリミッターを外されているという感じだろうか。人間はどんなにりきんでも全力のパワーなど引き出せない。脳が勝手にセーブしている。それは自分の身体を守る為という立派な防衛本能なのだが。操られている状態ではそれは関係ない。


 「くっそ、離しやがれ!!」


 「声がだいぶ鈍ってきたなぁ。もうひと押しだ。さぁ、殺してしまえ」


 このままじゃ仲間に殺される。玉砕覚悟で鶴見を攻撃するか。と、ポケットの御札に手を伸ばして迎撃する体制を取った瞬間だった。


 「お前は高見の見物か? いい根性しているな」


 相良十次も一瞬でカラクリに気が付く。目の前にいたのは鶴見牡丹ではなく、変幻自在に女性の身体に化けられる骸骨の妖怪の牡丹燈篭だった。鶴見の制服が燃え上がり一瞬でピンクの着物に身を包んだ骸骨が姿を現す。気が付くと首の締めつけからも開放されていた。鶴見は初めから変わり身を用意しておいたのだ。洗脳などされていない。


 その瞬間と同時に隣の部屋に隠れていた鶴見が大天狗に向かって特攻をする。右手に持っていた提灯で思いっ切り大天狗を叩きつける。完全に油断していたせいか、背後からの奇襲に気がつかなかった。無様に前のめりに倒れ込み、顔面を綺麗な机にぶつけて出血する。


 「のぉっ!!」


 痛々しい悲鳴が聞こえたが慈悲の気持ちは湧いてこない。自らの手を汚さず他人に殺させるなんて安倍晴明を馬鹿にしていた割には、コイツも大した精神力じゃないな。まあ大天狗に憑依されている時点でお察しなのだが。

 

 「ここでお前を捕縛する」

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