武将
蘆屋道満。その名前を聞いても全くピンと来ない。
「あぁ、いたにゃあ。そんな奴。でも確か、安倍晴明様との一騎打ちで敗北して、五芒星からも全く相手にされなかったという話と聞くにゃ。今の時代に自分が党首になると名乗りを上げる戦国武将は多数いるけど、血を受け継いでいて裁量もある彼以外に適任はいないにゃあ。ライバルなんていないにゃ」
「その他の候補者がいるなら考えるけど、私やコイツの前に現れないしね。顔も出さない奴に一票は投じないよ」
そうなのか。絶花は自分が相良十次から戦力外通告を受けている内に話がかなり進んでいる事を実感した。もう五芒星の二人も認めているならば、相良十次が党首になる事が確定しそうだ。これで古き悪しき風習も消滅するという話か。
それと、もう一つ実感出来た事がある。おそらくこの二人の喧嘩はお姉ちゃんの勝利で幕を降ろしたのだろう。レベル4となった最凶の陰陽師であり最強の悪霊である柵野眼を、属性的にも不利な矢継林続期が上回ったとは考えにくい。だが、悪霊として駆除するのではなく、もう五芒星の一人と認めて陰陽師の仲間として扱い、彼女の願いを叶える事によって上手く懐柔したと考えられる。
矢継林続期は試合では負けたが、戦いには勝ったのだ。陰陽師の世界は大きく舵をきろうとしている。妖怪を大切にして、上下関係を希薄化し、陰陽師はある程度の外界とのパイプを持つようになって、柔軟な組織になろうとしている。陰陽師が馴れ馴れしい存在へと変わろうとしている。それが父親と自分の命を失った姉の望みなのだ。この間違った世界の改善が。相良十次が党首になればそれが改善される。そして自分は五芒星の一人としてそれに貢献出来る。
これ以上のない見事な作戦だ。上手すぎて気に入らないくらいに。
「絶花。今日はどこか出かける予定だったよね?」
「うん、でも行くか迷っている」
ここで問題が発生した。倉掛絶花が姉を倒す理由がないのである。彼女が陰陽師世界に対して敵対している存在ならば、陰陽師の待機名分を持って戦えただろう。しかし、姉は陰陽師の味方になりつつある。しかもかなりの重要ポジションだ。朝日谺を殺された復讐という意味合いでならば、戦いたい気持ちもあるが、それでも心のどこかで迷いがある。姉と戦う事は今の陰陽師の方針に逆らうも同然だ。倒してしまったら、相良十次を党首として任命することが出来ない。
本当は姉を否定したい。あなたは間違っていると叫びたい。だが、それは許されないのだ。
「ごちそうさまでした」
さらっと声に出して呟くと、皿を自分で持ち上げて食洗機にいれた。二人に顔が見えなくなったので、下唇を噛んでみる。悔しい気持ちが払拭できない。このどこにぶつけたらいいか分からない不満が、魂の中で渦巻いている。そもそも倒せない相手を、どうやって倒すか必死に考えていたのに。信じていた仲間から裏切られたように、もっと別の理由で倒すことが出来なくなってしまった。
もう本部は柵野眼を倒す事は諦めただろう。そして古き悪しき風習は捨て去るのだろう。もう相良十次も絶花にとっては信じられない対象だ。自分の思惑と反する存在だからだ。自宅で精神療養と名づけて、本当は反乱因子を封印する腹だったのだ。これから行う儀式において、一番に邪魔な存在が倉掛絶花だったから。
「ドイツもコイツも邪魔者扱いかよ」
それでも自分一人で姉を倒す方法を考えていたのだ。自分の姉が悪霊だなんて嫌だから。せめて父親を殺した事くらいは悔やんで懺悔して欲しかったから。姉を倒す力が欲しかった。その為に今日まで色々と準備してきたのに。
人生の歯車が鎮静した。何もかも自分の意思決定を邪魔してくる存在だ。自分の力は余りにも無力で、どう頑張っても動けない。もうこの抗えない宿命に流れ落ちるかのように身を任せるしかないのか。この心に仕舞えない苦しみを我慢することしか出来ないのか。
ここで倉掛絶花は歴史が変わる瞬間を、指を咥えて眺めているのか。
「いいぜ。1人でも戦ってやるよ」
もう後戻りは出来ない。反逆者と言われても、邪魔者と蔑まれても構わない。自分は自分の生き方を貫く。どうせコッチは生まれついての嫌われ者。誰かに意見の同意など求めていないし、納得して欲しいとも思っていない。ただ気に入らない物をそのまま受け止めたりはしない。
「予定に変更はナシだ。今からヤマタノオロチを狩りに行く」
絶花は矢継林続期に一礼すると、姉に向かって「行ってきます」と小さな声で囁き、目を瞑って家を出ていった。用意なら昨晩に全てを済ませておいた。後は服を着替えて荷物を背中に背負うだけである。動きやすい戦闘用の狩衣を着て、御札を身体に多数忍ばせた。復讐の激情を心に秘めながら。覚悟を決めた目をして。
「行ってらっしゃい」
「おや、お出かけするのかにゃ」
「前々から今日は出かけると言っていたよ。悪霊の駆除にでも行くんでしょ。アイツは本部の仕事は関われないから、地方の仕事だけでもして、日銭を稼ごうって魂胆でしょ」
「いや、あれは信念を決めた男の顔だったにゃ。まるで己の死を悟っているみたいな」
「はぁ?」
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