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北端

 相良十次は慌てて立ち上がった。そしてお婆さんの所へ駆け寄ると背中を撫でるようにさする。白神柄杓は心配そうな次期党首の顔を見て、申し訳なさそうにしている。落ち着いたようなので席に戻った。


 相良十次、鶴見牡丹。両名が唖然としながら声も出ないという形相だ。このお婆さんは枯れた落ち葉のような元気のなさだ。本人は必死に元気のあるように振舞っているが、具合の悪さが体中からにじみ出る。いや、本当は彼女の頑張りを尊敬しているのだ。自分の役目を果たそうと必死に頑張ている彼女を邪険になどしたくない。だが、あんまりにも苦しそうなのだ。無理をして欲しくないという気持ちで心が押しつぶされそうになった。


 「あの、要件を手短に言います。この陰陽師機関が全土に渡って混乱している事態を収める為に、五芒星が集結して党首の任命を……」


 鶴見牡丹が痺れを切らして、まだ席にも座っていないお婆さんに対して羅列のように言葉を語り始めた。それをニコニコしながら聞いている白神柄杓さん。あぁ、きっと心から優しいひとなのだろうな、と悟りつつも心の中で不安が残る。


 「はい、存じておりますよ」


 「では、一緒に御門城へ」


 「それは出来ません」


 大人しく黙って話を聞いていると思いきや、いきなり反応をした。あの笑顔から話を肯定的に受け止めてくれていると勝手に思い込んでいたが、どうも違ったらしい。彼女はゆっくりと座布団の上に座った。


 「それはなんで?」


 「私はここから動けません。私の役目はこの地を守護すること。……というのは建前で、私はここ最近から身体の調子が悪くて……。この体力で無事に長旅を出来るかどうか……」


 申し訳なさそうに右手で足をさすっている。どうやら相良十次を任命する事に対して批判しているという意味ではないらしい。しかし、やはり体力の問題が浮上してきた。ご高齢だと無理を頼むのは気が引ける。本当ならば五芒星の役目を果たせと強く言いたい気持ちはあるが、そこは言い出せない。


 「ちなみに、この男で問題はないですか? 他に推薦したい人間がいるとかは?」


 「いません。あなたは本当に阿部清明様の波長に似ておられる。あなたは党首になるべき男だ。その流している美しい波長から分かる」


 見た目は不良と勘違いさせるほど目つきが悪くて、使っている式神は目目連と夜幢丸という凶悪そうな妖怪で、性格は気に入らない事はハッキリと言う批判家で天邪鬼あまのじゃくなのだが。そんな風に褒められたのは始めてだった。たぶん、彼女も当時の五芒星の『木』の陰陽師の記憶を受け継いでいるのだろう。


 「それじゃあ問題は、ここを下山出来ないということですか」


 「本当ならば死を持ってしてもお役目を全うすべきなのでしょうが、どうも最近はそこまで気合が入らんのです。もう廃れゆく身に鞭を打つのが辛くて辛くて」


 「いや、分かりました。じゃあ残りの五芒星を全員ここに集めて、ここで任命式をやりましょう」


 「それは駄目です」


 ん? ここで全員を集めれば良いというのは妙案だと思っていたのだが、まさかこれを否定されるとは。考えるポーズで下を向いていた相良十次が、顔をあげて白神柄杓の方を向いた。


 「場所は淡路。その北端にある岩楠神社いわくすじんじゃ。ここの例会で儀式をおこないます。イザナギノミコト。彼の出生地であり神が生まれた場所。この地にて全員の五芒星が集まり儀式を、ごッフォ、えっぐふぉ」


 「ちょっと、やっぱり大丈夫ですか!!」


 確かに淡路島が神の出生地だという文献はある。安倍晴明が淡路の出身人物だという噂もある。しかし、そこまでこだわる必要があるのだろうか。何か任命には特別な儀式があるなど矢継林続期からは聞いていないぞ。


 「これ無理じゃない?」


 「無理とか言うな。それは俺が言わないようにと我慢している台詞だから。必死に我慢していた台詞だから」


 白神柄杓はこの地から出て行けるだけの体力はない。しかし、儀式の場所は特定されてしまった。これではもう五芒星が全員集まる事はない。万事休止を示しているのではないだろうか。


 「どうにか頑張れませんか? 移動は出来るだけ自分の足で歩かなくていいように俺たちがサポートします」


 「いいえ。そんな……」


 「俺は一刻もはやく党首にならなくてはならないのです。無理を言っている事は承知ですが、どうにか頑張っていただけませんか?」


 「ですから……」


 どうにも首を縦に振ってくれない。彼女は遠まわしに諦めろと言っているような気がする。五芒星ならばもっと使命感を持って事に当たって欲しい。確かに苦しいのは分かるけど、ここでコチラも折れる訳にはいかないのだ。このままでは……。


 と、ついに立ち上がって大声を出そうとした相良十次を鶴見牡丹が腕の裾を引っ張って止める。頭に血が登って冷静さを失った自分を諌めてくれたのか。そう思って礼を言おうと思ったのだが、鶴見の顔を見て言葉を詰まらせた。違う、そんな理由で止めたのではない。もっと恐ろしい理由だという事に。


 鶴見牡丹が恐る恐る指さして言った。


 「ねぇ。たぶんこの人は五芒星じゃないよ。というか、人間じゃないよ」

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