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名簿

 顔写真や何か特徴が分かっている訳ではない。しかし、名前が分かっているだけでもありがたいかもしれない。渡島塔吾は緑画高校を設立する前に、全国から新時代に必要と思われる陰陽師を全国からリストアップしていたのだ。その名簿に彼女の名前があった。


 「ねぇ。でもさぁ。なんでこんなに暑いのかな。普通は山岳地帯って凍えるくらい寒いものじゃない。それもここは東北地方だし。いくら残暑って言ってもこの気温は異常でしょ」


 「確かにな。ただ俺たちの疲労という感じでは理屈になりそうにないし。誰かがこの辺に式神を使って温度を変化させているのか」


 人払いが目的だと言うならば、よほど我々は歓迎されていないと考えられる。御札を利用した人払いだと、陰陽師からは侵入を許すかもしれない。陰陽師同士は基本的に本部を中心に地方同士の信頼関係はしっかりしているはずだ。その鉄則が崩れたのは最近になってからだ。最近になってこの仕掛けを用意したのか、それとも誰にも心を許していないと考えられる。この結界は五芒星の彼女が自分の身を守る為の処置かもしれない。


 「竜宮真名子は厳重な警備体制の上に城に引きこもった。矢継林続期はその存在を隠す事と、代理を多く用意することで根絶を防いだ。五芒星は各々で自分の存在を絶やさない方法を編み出しているというわけか」


 「そんなことどうでもいいから、まだ到着しないの? 後ろの連中も痺れを切らすよ? って、あれ? 誰もいない」


 「なにっ!! さっきまで十数人はいただろうが!!」


 と、言い終わった後で女性に大声をあげる自分の悪い癖を思い出して、少し下を向いた。矢継林続期と違い、鶴見牡丹つるみぼたんはあまり気にしていない。後ろの小隊がいつの間にか消えていた、その気味が悪い状況に神経を集中させていた。


 「霧が深くなってきたね。さっきまで霧なんて無かったのに」


 「おいおい。これは本格的に歓迎されていないかもな」


 視界が奪われるのはマズイ。はなだらかな山容と深い針葉樹林と落葉広葉樹で埋め尽くされたこの森は一般人は立ち入る事を許されていない。文化遺産という意味もあるが、単純に危険な地域だからだ。カモシカ、イヌワシ、ツキノワグマ、ニホンザルの群れ。遭遇すると危険な動物が生息しているのだ。陰陽師は武力を持っているので身の危険はないが、視界を奪われると不意打ちに気がつかない。


 「提灯お化け!!」


 鶴見牡丹が式神を御札から取り出した。提灯の上下がパックリと割れ、そこから舌がべろっと出ている。なんかへの字をした大きい目をしている妖怪だ。本来ならば自立飛行が可能なのだが、今は鶴見の片手に取っ手を掴まれている状態だ。


 相良十次も目目連の御札を構える。万全な戦闘態勢を取って、山登りを中断して辺りを見渡す。霧で見えにくいのもあるが、視界には特に変わった物はうつらない。同様に妖力をレーダーに探索をするが、それらしき物は見当たらない。


 「これは敵襲というよりも、ここの防犯システムが正常に作動していると考えるべきだな。おそらく神隠しの結界だ。ここに立ち入るものを排除するように出来ている」


 「あーもう。最悪よ。あなたと二人っきりになるなんて」


 「そう思うなら、早く白神柄杓を見つけて仲間を取り戻せ」


 と、真剣に身構えているが本当に敵が襲ってこない。


 「どういうことだ。どうして襲って来ない」


 「さぁ? ただ後ろの連中とはぐれただけじゃない? どっかの誰かさんが、人の苦しみも考えずに1人でさっさと歩くから」


 「いくらなんでも見失うまではぐれるかよ」


 そう思いつつもやはり気温の高さに汗が噴き出す。額に流れる汗を腕の裾で拭う。防寒具など遠い昔に地面に捨てた。どうしてこんな嫌がらせのような仕打ちを受けなくてはならない。これではまるで我慢大会だ。


 ★


 「あのぉ。すいません。ちょっとお願いがあるのですが」


 不意に妖力を利用したテレパシーが直接脳に届いた。それに反応して二人の体が大きく震える。


 「上だ」


 相良十次はテレパシーの元を特定し指差す。敵は木の上に存在したのだ。総勢150匹はいる。いやこの数もきっと少ないだろう。枝の一本づつにリラックスした座り方をして、何匹かは寝そべっている。妖怪の種類は二匹。


 一匹はコロポックル。アイヌ語で『蕗の葉の下の人』という意味であり、文字通り自分の体より表面積が大きい蕗を片手に持って、後の特徴は人間とさほど変わらない。赤い寒さを凌ぐ服を着ている。大きさが極めて小さく人の拳ほどの大きさしかない。


 もう一匹はキジムナー。同じく人の拳程度の大きさしかないが、こちらは人間の姿をしていない。綺麗な球体に大きな目と鶏の嘴のような口がある。両手両足はあるがとても小さい。多くの妖怪伝承と異なり、極めて人間らしい生活スタイルを持ち、人間と共存するタイプの妖怪として伝えられることが多いのが特徴。魚介類が好物で特に目玉が好きらしい。自ら海に潜って漁をするが、人間の漁を手伝って目玉だけ奪うという習性がある。


 「なんで、北海道と沖縄県を代表する妖怪が、こんな関係ない山奥にいるんだよ」

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