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獣道

 ★


 相良十次は焦っていた。まだ九月の上旬だ、セミのやかましい鳴き声も収まらない。もう既に首辺りが蚊に刺されて堪らなく痒い。どうして陰陽師機関の最高指揮官である自分が、クーラーのある部屋でデスクワークとならず、いかにも探検隊のような格好をして山道を歩かなくてはならないのだろうか。自分の体力の無さと、待遇の悪さに涙をこらえた。ここが根性の見せ所である。


 どうして陰陽師機関存続の危機だというのに、陰陽師機関党首である相良十次が登山などしているのか。その答えは五芒星という陰陽師機関の最高権威の連中を掻き集めるためである。五芒星は政治的な権威を一切持っていないが、世界が崩壊する寸前に世界を救う架橋になるのが使命である。で、今が陰陽師機関の崩壊の危機であり、人間に悪意を持ったレベル4の悪霊が降臨するという世界の危機だ。五芒星には早急に集まって欲しかったのだが、どうも長い年月を経て危機感が薄くなったらしい。だからこうやって叩き起しに向かっているのだ。


 矢継林続期は自分勝手に単独行動。緑画高校の理事長である渡島塔吾とじまとうごは情報収集の為に作戦には不参加。倉掛絶花は自宅で精神の療養中。倉掛百花は宿敵となってしまった。頼れる仲間はこの場にはいない。いるとすれば、関係が曖昧な緑画高校の選りすぐりの生徒が数名だけだった。相良十次は確かに安倍晴明の血統を受け継いでいるが、分家の分家のそのまた分家の為に、あんまり地方民から党首として認められていない。そして、この緑画高校の生徒とも関係はギクシャクしている。


 緑画高校の生徒は理事長の教えが浸透しているので、別に党首任命には反対しない。しかし、ここ最近まで相良十次は自分が党首になる可能性がある事を、黙って隠して緑画高校に潜伏していた。批判家な性格から他人と馴染まず、学校でも一匹狼で孤独を気取り、素行は極めて悪かった。そんな劣等生が、急に状況が悪化したという事で、陰陽師の頂点である党首に名乗り出たならば不満のある連中の心境も分かる。今まで同等だった存在から命令される立場になったのだ。気分は良くないだろう。


 だからその辺は相良十次も極めて丁寧に気遣っているのだが、高校生なんて世界は自分が中心に回っていると思っている連中ばっかりだ。精神が未熟であり上下関係を嫌う若者が、相良十次の気持ちに答えてくれるはずがない。しかも今は人手不足で先生と呼べる統率者は存在しない。更にはこの炎天下の中で激務である。もう肌で感じられるほど不満が爆発しそうなのが感じ取れた。


 はっきり言おう。状況は最悪だ。いくら人手不足でも党首自らが出陣なんて馬鹿げている。いや、五芒星の全員に党首と認めて貰わねば話にならないので、印象を良くする目的でも自分から会いに行く事の合理性はあるのだが、それでもこの仕打ちはあんまりだろ思う。矢継林続期のように自分から会いに来て欲しかった。こんな汗だくになりながら、ボロボロの状態で女の子に会いに行っても、気持ち悪がられるだけだ。逆に印象が悪くなる気がする。


 そして何より最悪だと思う理由は。


 「暑い、もう暑すぎる。溶けるって本当に。誰か雪女を式神に持つ陰陽師はいないの?」


 高校一年生の頃のクラスメートで犬猿の中であった通称番長と呼ばれていたあの女が、この任務に同行しているのである。レベル3の悪霊を根絶し柵野栄助の討伐に一役買った英雄の1人である陰陽師。火属性の捕獲不能レベルの妖怪と契約する同級生。その名は鶴見牡丹。


 「確か八番隊の夜回茶道って女の子が幽霊列車を式神に持っていたよね。それを使えば歩かなくて済んだのに」


 「鶴見牡丹。黙って歩け。こんな獣道で列車が通れるはずがないだろう。彼女もきっと別の任務で忙しいんだ。あと、お前は火属性の陰陽師だろうが。暑さへの耐性が備わっているんじゃないか?」


 「そんなはずないじゃん。むしろ火属性だから暑いんだって」

 

 相変わらず馴れない相手だ。髪は薄い桃色で、小柄な体格をしている。目が大きく顔は整っているが、どこか幼さを感じる。なのに胸が大きいという違和感がある。キレると町を火のうずにしてしまうヒステリック女である。最近は反省してそんな事はしないと言うが。荷物を男子生徒に持たせて自分は楽していると言うのに、それでも顔が辛そうだ。


 「それにしても到着しないな。もう結構な距離を歩いたぞ。目的地から通り過ぎたんじゃないのか」


 「知らないよ。それよりも休憩にしよう。もう皆が疲れきっている。部下にどれだけ快適な空間を与えられるかで上司の器が決まるんだよ」


 「さっき休憩してまだ一時間も経っていないだろうが。理事長の話が正しければもうすぐ会えるはずなんだ。あと少しだけ頑張れ」


 「え、あの理事長の持ち帰った情報を鵜呑みにしているの?」


 「渡島塔吾は肝心は時は役目を果たす男だ。きっと合っているさ。そう信じて今は歩くしかない」


 「私はアイツと一緒にいても嫌な思い出しかないんだよね」


 分かりにくい筆で描かれた汚い地図を広げた。過去に安倍晴明が残した『木』属性の五芒星に会いに行く為の道しるべである。この情報が正しければきっとまだ彼女はここにいるはずだ。白神山地、天狗岳てんぐだけに。


 「白神柄杓しらかみひしゃく

①のキャラクターを出しました。かなり活躍した人なので①を読んでくれた人は知っているかも。

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