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山中

 矢継林続期という少女は竜宮真名子とは全く対照的な育てられ方をした少女である。生まれた時から記憶の引き継ぎを通して自分が五芒星の1人という事実は把握していたが、それによって誰かが特別扱いなどされたことがない。鍋島陰陽師機関の1人の優秀な陰陽師として、実態を隠して生きてきた。地元もの彼女の正体を知っている人間など存在しない。


 まるで捨て猫だった。両親は放任主義で幼かった自分を構ってくれない。なのに陰陽師機関の連中だけは、厳しい教えを叩き込む為に説教や説法を刷り込んでいく。そんな日々に不思議は無かった。彼女にとってそれは当たり前の生活であり、矢継林の血統の教育方針なのだから。徹底した放任主義による、教育への無関心。誰も何も教えてくれない、自分で頭を下げて、地べたを這いつくばって生きていくしかなかった。


 箱入り娘の竜宮真名子とは全く対照的である。それもそのはず、彼女の命はさほど重要ではないから。彼女は 矢継林家の長女ではあるが、実は姉妹が六人も存在する。つまり途中で不慮の事故で死んでしまったり、五芒星の宿命を放棄しても大丈夫なようにバックアップが施してあるのだ。記憶が受け継がれればそれでいい。精神や感情は問題ではない。所詮はいくらでも替えの神の宿った人形でしかない。


 「ここでネタばらしするとカッコ悪いんだけどにゃ。実は私を殺しても、相良十次の党首任命は成就されるにゃ。私は妹が六人もいるにゃ。その妹たちが火属性の五芒星の席を埋めてくれるにゃ」


 「あなたじゃなきゃ駄目じゃないの?」


 「竜宮のお姫様とは教育方針が違うのにゃ。私は元から家族に愛されたことがない女にゃあ。母親から捨てられた捨て猫。ライオンみたいな親に崖から突き落とされたにゃあ。後は自分の力だけで、陰陽師機関に五芒星の正体を黙って生きてきた」


 「……………」


 「家族愛なんて私には分からないにゃあ。元から何も持っていない私はお前さんの事を理解なんて出来ないにゃあ。測定なんて言っていたけど、そんな仰々しい事は私には無理なのにゃあ。だから、別の五芒星の怨念って奴を知りたくなった」


 「箱入り娘で自由を奪われ、部屋に閉じ込められて、特別扱いが当たり前だった竜宮真名子のこと?」


 「それだけじゃないにゃあ。陰陽師機関から母親を奪われて、家族崩壊で一家心中した倉掛百花の怨念もにゃあ」


 「そうかな。確かに他人の怨念なんて別の誰かが測定出来る代物じゃないよ。人の気持ちなんて誰にも分からないんだ。よくバトル漫画であるでしょ。以心伝心とか、心が繋がったとか。あれは現実味を帯びていないからいいの。本当はそんな事は絶対に有り得ないから」


 「そうにゃあ。それは納得。どんなに抗弁語っても、他人も気持ちは分からない。だからこそ……」


 「だからこそ?」


 「これ、終わったら友達になって」


 矢継林続期は自由に社会に投げ捨てられた不満があった。竜宮真名子のように生きたかった。両親との時間を過ごしたかった。でもそれは叶わなかった。竜宮真名子は閉鎖した教育体制に不満があった。 矢継林続期のように生きたかった。両親との時間を勝手によその誰かに奪われた。


 「別に分かり合えなくてもいいから」


 「悪霊と友達になりたいって、お前、頭は大丈夫か? 勝負の世界は勝ってから権利を主張しろ」


 ★


 約3メートルの巨体であるデブ猫、猫又が遂に大きく動いた。背中から三味線を引っ張り出して、胸のあたりで構えた。目つきが鋭くなっている。一流ミュージシャンにでもなったかのように、キリっとした表情だ。寝そべっていたのが嘘のように直立している。


 「猫又は私の地方の出身の妖怪じゃないにゃあ。捕獲不能と言える妖怪ではないが、人を殺した前科持ちの人食い妖怪にゃあ。さぁ、味わって貰うにゃあ」


 猫又は一般的には二種類のタイプが存在する。山中での猫又と、人家のネコが化ける猫又である。だが、実際はどっちも同一の物であり、家の中で暮らしていた猫が年老いて、生命を又ぎ生まれ変わって尾を二本になり、人を攫って森の中で暮らすのである。


 何よりの凶悪性は元から森で住んでいたのではなく、人々の暮らしを知っているのだ。人を惑わす技術を体得しているのである。


 「にゃ」


 猫又が演奏を始めた。と、同時に柵野眼の目の前が揺らぐ。視界が薄らとしか見えなくなり、頭が割れるような頭痛に襲われた。吐き気と嗚咽が眼を襲う。両手で耳を塞いで目をギュッと閉じた。だが、この狂宴からは逃れなれない。人間が耳を抑えたくらいで音が完全にシャットダウン出来るはずがない。


 「これが幻覚か」


 「そうにゃ!」


 さっきの友達になって下さいという発言は嘘のようである。矢継林続期は全速力で眼の正面まで間合いを詰めて、拳を固めて思いっきり正拳突きを眼の腹部に食らわせた。すぐに後方へと吹っ飛ぶ。猫パンチなんて可愛らしい見た目ではない。幻覚で意識を奪って、光速移動の格闘攻撃を浴びせる。これが矢継林続期の戦闘スタイルである。これは柵野眼に効果があるように、一般の悪霊にも有効だ。五芒星の一角としての実力は伊達ではない。

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