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光波

矢継林続期は心の底から恐怖していた。戦っているつもりなのは自分だけなのではないかと。柵野眼はただ降り掛かる火の粉を振り払うように、極めて受身のような反撃しかしていない。自分から攻撃しないし、なのか作戦めいた物も感じない。レベル4の悪霊ならば、本気を出せばもっと派手なことが出来るはずなのだ。つまり、相手にもされていない可能性が大きい。


 先ほどの言刃ことのはで首を切断するというのも、彼女にしては不必要な条件だ。もっと殺そうと思えば効率的な方法があるだろう。何より目的達成の為にやる気も感じられない。ただ薄らとこっちを見ては、長髪から目を覗かせ、少し笑みを浮かべる。ただそれだけ。


 矢継林続期は不安に思った。奴からの反撃が来る前に攻撃を当てて防御しているのではなく、ただ奴が本気で戦闘をしているつもりなどないこと。これが事実だった場合のこと。裏を返せば奴が少しでも『急いで』行動すれば自分の高速移動など本当に猿芸になってしまうのではないか。


 「本当に笑わせてくれるにゃあ」


 「そうね。私の式神である蒲牢ほろうは咆哮を司る妖怪。私もその『声』や『衝撃波』を利用して戦っていた。私は水属性最強の陰陽師でもある。あらゆる水の妖力を媒介にする。空気中の水分や、それこそ水だけでない。全ての波動を操るのが私の能力の真髄」


 だろう。つまり朝日谺はレーザーによって殺されたのだ。奴は音だけでなく、光も自由に操れる。光とは電磁波である。つまり、粒子による電気の波をも操ってみせたのだ。言弾ことだまなんて必殺技を名乗っていたが、実態は一定の波長の電磁波を超遠距離から浴びせたのだ。


 言掌ことのては空間の衝撃波として、言刃は空間の切断である。これは奴の超能力を持ってすれば説明がつく。空間の原子一つ一つに波を逆方向に発生させ、空間そのものを歪ませる。歪んだ空間中でも物体は大きさを維持するので相対距離は変わらない。つまり物体を力をかけて引き伸ばしたり押し縮めたりするような場所に無理やりものを押し込むような状況になる。そして歪んだ空間が耐えられなくなり、破裂する。


 「空間の切断までやってのけるとは」


 「あれ? バカっぽい格好して実は博識なのかな」

 

 「光波干渉サイファーインターフィーアー。こんな現象を自発的に行えるなんて。人間技じゃない。お前、やっぱり人間じゃないにゃ」


 「水属性に見えて光属性なんて、よっぽど悪霊らしくないでしょ」

 

 勝てない。矢継林続期はそう悟らざるを得なかった。どこに勝ち目があるというのだ。絶体絶命は初めからわかっていた。奴の実力の半分でも拝ませて貰う予定だった。だが、奴は文字通り次元が違う。住んでいる世界が違う。音速よりも光速の方が早いと言ったが、おそらく奴はそんなスピードなど軽く追い越せる。水も音も光も。全てが奴の武器だ。


 下唇を噛んだ。どこまで反則なのだろうか。波を操るなんて、物理的法則の全てを味方にするようなものだ。この世の中に振動していない物体などない。物の動く仕組みそのものを操るようなものだ。念力サイコキネシスなんて可愛く見えるくらい超反則な能力だ。


 「戦意喪失ってところかな。私はもう少し暴れたいのだけど。そっちの猫又っていう妖怪の強さは、まだ見ていないわけだし」


 「いや、もうゴメンけど降参したいにゃあ。相手が悪すぎるにゃあ」


 「……光を使う技が怖いのか。いいよ、わかった。じゃあお前の首を切断するって話は無しね。私はこの戦いで『光』と『音』は使わない。どんな物理学的な法則も歪ませない。純粋に『水』の力だけで戦うよ」


 ハンデ、まさかここで余裕を見せたのか? 矢継林続期は耳を疑った。まさかこんなチャンスが与えられるとは。一瞬だけ嬉しい気持ちが心に溢れた。だが首を大きく横に振って安堵した顔を振り払う。心の中に生まれた油断を戒める。


 「戦場で敵の言葉を鵜呑みにするほど落ちぶれていないにゃあ」


 「別に私はあなたを殺したいわけじゃないの。まあこの殺気で何を言っても信憑性がないかもだけど。考えてみたら、あなたには相良十次を党首に任命するまでは生きていて欲しい。五人全員が必要なわけだし。殺しちゃったら私の目的が達成できない」


 「目的って陰陽師の世界がよくなるというアレかにゃ?」


 「そうそう。私は確かに陰陽師に強い恨みを持っている。でも、それは過去の陰陽師のこと。そして、今の荒れ狂っている現状に便乗して好き勝手に行動を始めた陰陽師達。この陰陽師の世界が正しい方向へと導いてくれれば、それでいいの」


 「それは相良十次が叶えてくれると?」


 「私はそう願っている。あの人なら出来る。だから私という共通の敵が現れて、陰陽師の世界が一致団結して、相良十次を党首と認めて、新しい陰陽師の機関が誕生すればいいと思った。それが叶うなら、例え全力を出し尽くさなくても、わざと殺されていいと思った」

 

 「でも、そうじゃない解決方法が見つかった。五芒星である竜宮真名子の特権があった」


 「だから……それでいいかなって。後は見守ろうと思って」


 柵野眼の優しい声だった。まるでこの世の真理を悟ったような、諦めにも安堵にも陶酔にも似た、この世を本当に良い物にしようと心から願う声だった。だが、その思い切りの良さが逆に矢継林続期には懸念を感じた。


 「ふう……。思惑は把握したにゃあ。でも、もう少し拳で語り合うぜ。ハンデはありがたくいただくにゃ。キャッツファイトといこうぜ」


 「そうね。あなたは私は本当に陰陽師の味方なのか図りたい。私はあなたが五芒星を名乗るに相応しいか図りたい。お互い様ね」

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