照明
矢継林続期は絶体絶命である。属性の相性だけではない。最凶の悪霊と言われた柵野栄助の妖力を受け継ぎ、レベル4としての怨念を持ち合わせている。確認された能力も、顔も名前も知らない男を超遠距離から瞬殺してみせる意味不明ぶりである。その実力は未知数、測定不能。柵野眼は例え五芒星ですら真面に相手に出来る相手ではない。ましてやタイマン勝負なんて馬鹿にしている。
何より柵野眼の凶悪性が問題だ。明確に陰陽師に敵意を持っており、怨念の対象であり、生前の竜宮真名子の性格とは打って変わり、他人の記憶や思考を改変することも厭わない。そしてそれを『陰陽師が長年やってきたこと』だと自分の中で仕返しのような感情で持っている。その一部分だけの正当性が、彼女の怨念を膨れあがらせている。
「で? 私に勝てる見込みがあると思っているの?」
「そうにゃあ。1つだけ言っておくと、私はお前が思っているほど、理性的でも、合理的でも、打算的でもない。わりと感情で何でも物を決めてしまうヒステリック系女子ってことにゃ」
「ヒステリックって自分で自覚ある奴のことを言うのか?」
「妖力の源は感情にゃ。悪霊が怨念で強くなるように、陰陽師の妖力もその精神エネルギーによってボルテージを増す」
まるで格闘技でもするかのように、矢継林続期は似合わない服装のまま左足を引き、右手を固めて前へ出した。
「陰陽師って頭が固いイメージがあったけどな」
「日頃から頭が固いやつほど、いざ実践になると感情で戦うのにゃ。人間は弱い生き物にゃあ。心技体が揃って完璧なんてないにゃあ」
矢継林続期から仕掛けた。大きく地面を蹴った、助走よく柵野眼の周辺を高速移動で駆け回る。あまりのスピードに体育館の床が摩擦熱で焦げ跡が出来ている。まるで影分身かのように残像で本体が特定できない。柵野眼は驚いた様子で何も構えず立ち尽くしていた。
「高速移動ねぇ」
「にゃあ!」
柵野眼の後方から頭上を思いっきり蹴飛ばす。防御などしているはずもない。首が前に倒れて膝をつき、両手を地面に突き出して静止する形になる。矢継林続期は驚異的な身体能力で右足からローキックを炸裂させたのだ。
「先手必勝にゃあ」
矢継林続期の攻撃の手は止まない。眼は頭を摩りながら痛そうに背後を振り向く。だが、もう既に後方には矢継林続期の姿は存在しない。彼女は超脚力で体育館の照明がある位置くらいまで飛び、そのまま急旋回して降りてくる。立ち上がろうとする柵野眼を回し蹴りで顔面を狙って蹴飛ばそうとした。
「言掌」
だが、それは失敗に終わる。逆に衝撃波によって矢継林続期の方が吹っ飛ばされていた。そのまま体育館の壁に肩から激突する。柵野眼は何の反撃のようなモーションはとっていない。ただボソッと言葉を発しただけで、自分の身を守ったのである。
「ハイヒールで顔面を狙うとか。私はこれでも女だぞ」
「いやー実に不愉快。あの攻撃の後に猫パンチで顔面を崩壊させてから、ラッシュで散々に顔を滅多打ちにする予定だったのに」
「いや、お前も根性が捻じ曲がりすぎだろ。顔しか狙わないとか」
「そうかにゃあ。私は自分より可愛い女の子が大嫌いだにゃあ。ただの嫉妬心だけで攻撃していたから、自然と顔だけに攻撃の矛先が向いてしまったと自己分析できるにゃぁ」
「やっぱりお前、根性が腐っているよ」
矢継林続期は壁面に叩きつけられ事などお構いなしに、何事も無かったかのように立ち上がって体育館の中央に来る。かなり勢い良く吹き飛ばしたはずなのだが。柵野眼も少しは予想外に杞憂した。
「感情を司る悪霊と言ったにゃあ。今のは喜怒哀楽でいえば、『怒り』の感情で咄嗟の防御をしたのかにゃあ?」
「いや、楽しいからかな。昔から少年漫画を読むのが趣味なんだよね。だから高速移動で影分身とか魅力的な事をされたら、そりゃあ少しは楽しいでしょ」
「サーカスの出し物じゃないにゃ」
「もっと私を楽しませて。落胆させないでね」
矢継林続期は考えていた。この女を打ち負かす攻略法を。基本的には戦闘において感情は表には出してはいけない。秘めたる思いは胸にしまうべきだ。相手を挑発し怒らせて判断を鈍らせる。弱いふりをして相手を落胆させて不意をついて反撃する。何か注意を引きつけるような物を見せて隙を伺う。わざと敗北感を演じてみせて調子に乗せてやり油断させる。相手の感情を利用したこのような戦法は、一般的に存在する有効な芸当だ。
だが、奴の悪鬼羅刹強襲之構には全てが逆効果。だって感情の昂ぶりそのものが彼女のエネルギーになってしまうから。
「私は優しいから顔なんか狙わない。私も合理主義者じゃなくて、わりと感情で物を決めてしまうの」
「それはそれは優しいご配慮にゃあ」
「今から私の『言刃』でお前の首を狙う。切断する」
「よっぽど悪趣味にゃあ。殺害予告なんて」
「お前は不合格だ。陰陽師である資格はない」




