机上
その後、夕食を食べた後に、絶花は部屋でまた精神統一していた。お風呂に入って体を清めて、清楚な服に着替えまだ九月の残暑が残る部屋で、動かずにじっと自分が姉に勝利する姿を連想する。姉の攻撃は三度目の当たりにした。言弾、言掌、言刃。全てが全く視認出来なかった。そして姉は自分の能力の名前を宣言したのだ。
悪鬼羅刹強襲之構。感情を司る悪霊だと。感情を操るなんて、戦闘漫画好きの姉に当てはまる能力である。負けたくないという気持ちが、そのまま物理的な力に変わる。仮想世界では当たり前であり、現実世界では机上の空論である。『思う』だけで『現実』になるなら人生は苦労はない。
思った事をそのまま現実にする能力なのか? いや、それではしっくり来ない。もっと、実態は恐ろしい内容のはずだ。
「いや、その前にヤマタノオロチを倒さないと」
呪われた運命を背負う姉、自分もそれを上回るほど狂わなければ話にならない。
★
「誰だ、お前」
「にゃあ」
戦いの火蓋は絶花の知らない所で勃発していた。部屋の掃除や皿洗い、洗濯物の片付けを済ませて、百花も明日からの授業の準備をしようとしていた。その矢先に窓の外に真っ白い猫がいることに気が付く。欠伸や舌なめずりをしている。寝そべったり背伸びをしながら、可愛らしいポーズを繰り返す。
気になるのは大きく3つ。
気になる点、一つ目。野生の猫らしくなく、服を着飾っていることである。飼い猫に服を着せるだけなら、そんなに驚かない。どこかの家から脱走してきたのだと素直に思える。だが、その服はヨーロッパ文化を思わせる幻想的な装いを特徴としている。黒を基調としたレースやフリルに飾られた華美な洋服を着ていて、スカートは何故か膨らんでいる。更に頭にはカチューシャ。手が込んでいるなんてレベルじゃない。
「ゴスロリ衣装ってこういうのだろうな」
テレビ番組などでそのような服を着ている人間を見たことはあるが、まさか飼い猫がこんな姿をしているのを見るのは生まれて始めてだ。暑そうだし、動きにくそうだ。動き回る時に猫には不便だろう。着心地は最悪のはずだ。収納に困るだろうし、高価で品薄だ。飼い主の方も大変だろう。
気になる点、二つ目。完全にこっちを見ているということ。別に威嚇ではないだろう。さっきからリラックスはしているのだ。だが、目線はずっと私を話さない。鳴き声もあげずに、ただ観察するように私を注視している。ネコが夜行性で眼が光ることがある、その光が不気味だ。
「柵野眼で間違いないかにゃあ?」
気になる点、三つ目。人語を話す。
「おい、猫。迷子って柄じゃないな」
「鍋島陰陽師機関所属、矢継林続期だにゃあ」
気になる点が増えた。猫は私が話しかけた瞬間に二足歩行で立ち上がったのである。声は御門城に現れた時の、矢継林続期の声と全く同じである。この声の正体はテレパシーのようなものだが、まるで無線でもやっているような光景だ。
「餌を貰いに来た野良猫なら可愛げがあるけど。まあ、式神だろうね。なに? ご主人様に変わって喧嘩でも売りに来たの?」
「五芒星の火属性担当でありお願いに来た。戦闘の意思はない。話し合いに来た」
五芒星として話がある。その言葉には関心が持てた。彼女は倉掛百花でもあるが、竜宮真名子でもあるのだ。まさか、五芒星としての人脈で来客が現れるとは。しかし、百花の頭の中にはもっと恐ろしい発想が浮かぶ。
「話し合い? 私を討伐しに来たの間違いじゃなくて?」
この際、百花にとって自分への討伐などどうでも良かった。百花が行いたかったのは選定である。もし、自分の思い描く陰陽師像に合致していなければ、迷わず殺す。五芒星だろうが関係ない。
「倒せないし、殺せないにゃ。属性的な相性が最悪なんだにゃ」
火属性と水属性。確かに悪霊の力など出さずとも、竜宮真名子のポテンシャルだけで快勝しそうな感じはある。相手も五芒星ならば属性間の相性だけで勝敗が決まるほどの三下でもないと思うが。
「別になんでもいいけど。話し合いなら、こんな式神に頼るんじゃなくて、姿を現すべきじゃない?」
「今から話し合うのは難しいにゃあ。申し訳ないけど、場所と時間を設定させて欲しいにゃあ。都合は聞くし、要求は呑むし、予定も合わせるにゃあ。急ぐ話でもないにゃあ」
「そうね。別に私は今からでもいいのだけど」
「提案しておいて恐縮だけどにゃ。それはこっちが無理な相談なのにゃあ。20時からシフトが入っているにゃあ」
「陰陽師の仕事をアルバイト感覚でしているのかよ」
百花の思考的には即効で死刑確定と思わんばかりの爆弾発言だったが、まだ続期は畳み掛ける。
「私は五芒星だから陰陽師の通常業務なんてしないにゃあ。これは副業というか内職で、エロい喫茶店でウェイトレスをしているにゃあ」
今すぐに言弾で打ち抜きたい気分になったが、さすがの百花もここは我慢した。他の五芒星の顔を拝む為である。




