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部下

 本当を言うと、こんな意味不明で恐怖体験のような記憶は、頭から消して欲しい。だが、これから母親や弟と一緒に暮らしていく上で、必要な知識なのかもしれない。腐っても家族だ、家族の仕事内容くらい知っておいても損じゃないかもしれない。


 「もう一匹はじきに仕留めるよ。それよりもお姉ちゃん、甘い物を食べないと……。人間は一日に砂糖をお茶碗ごと食べないと死んでしまうんだよ」


 そんな馬鹿みたいな身体をしているのはお前だけだ。


 「実はさぁ。この近くに美味しい喫茶店があるんだよ。そこにある珈琲がさぁ」


 「なに? 常人には甘すぎて美味しいって言いたいの?」


 「いやいや、マスターが目の前でカップに溢れる程の、砂糖の塊を入れてくれるんだよ。この前は、砂糖黍さとうきびの笹ごと入れてみたんだ。あんまり甘くなかったから、あれはもういいかな」


 ご自慢の珈琲に泥を塗るような真似だ。さぞ悔しい思いをしたのだろう。接客業はこれだから辛いのだ。


 「それとあの店のイチオシはパンケーキなのだ。俺が自前で持ち歩いている、この激甘シロップを流し込んで食べるのが格別に美味しいんだよ」


 きっとお店で出るパンケーキは、相当のシロップやクリームをつけてあるだろう。傍の果実からも糖分が含まれており、もう甘さは充分ってくらいの完成度のはずなのだが。


 「じゃあ今すぐ飲みに行こう!! じゃあ今日の仕事はこれにて完了!! じゃあ後始末は頼んだぞ、部下ども」


 「待ってください!! 倉掛隊長!!」


 こいつの異常人間性に便乗して、話を合わせていた私も悪いのだが。私の弟は、なにを部下に仕事を丸投げして、社長出勤ならぬ社長退社をなそうとしているのだろうか。そりゃ部下の皆さまは焦るだろうさ。


 「倉掛隊長。今回の仕事での被害は甚大です。壁や窓の破損。多人数の人間の記憶消去。逃がした悪霊の行方の特定。今からが仕事みたいな物ではないですか」


 「お前、頭が高いぞ。誰が退社すると言った? 昼飯を食べたらちゃんともう一匹を探してやるよ。お前らも記憶消去が終わったら、用意されたお弁当でも食べててろ」


 私は……家に帰ってもいいですよね……。この正論を言っている私の弟の部下の人。二十代前半だろうか、若く感じる。背が高く、それなりにしかりした体型で、目がキリッとしている。弟の部下という事は……年齢的なプライドが傷ついていないだろうか。


 「分かりました。食事よりも記憶消去を優先するのは当然ですが……この陰陽師機関を抜ける為に、山を降りて、行き付けの喫茶店に向かい、そこから往復するとなると……時間が……。隊長もお弁当でも」


 「お前、あんなご飯に合う味付けしかされていないオカズのオンパレードを口にしろって言うのか? ふざけるなよ」


きっとそのお弁当は、常人に取っては美味しい代物だろう。今から飲むだろう珈琲のほうが、常人に取っては飲めたものではないと思う。


「倉掛隊長!!」


「分かったよ、今日は近くのコンビニの菓子パンで我慢してやるよ。だからお前が買ってこいよ。もし、糖度が低い物を買ってきてみろよ。お前は二度と、自分の部屋から出られないくらいに祟るからな」


自分勝手で部下に迷惑をかける最低の隊長だ。あの部下の人だって、別の仕事があるのだろう。コンビニまで走る時間で、食事の時間が無くなるかもしれない。そんな無慈悲な非人道的な真似をしているのは……私の肉親なのだ……。


 「あの……すいません。私の弟がご迷惑をかけて……。こいつの菓子パンでしたら、責任を持って、私が買ってきますから」


 「いや、お姉さん。気にしないで下さい。全て私が至らない故です。記憶消去が終わりましたら、私が買ってきますから」


 「そうだ、お前が至らないんだ。お姉ちゃんを困らせるな」


 私は黙ったまま、怒りを現わにする為に、弟の頭を殴りつけた。アイテッっと、少し悲鳴をあげて、頭を両手でさする。人前で家族に粛清を加えるのは恥ずかしい事だが、今はそんな道徳精神を置いといても、暴力を振るいたかった。


 「お前は仕事中なのでしょう。だったら、馬鹿な意地を張っていないで、とっとと用意された弁当を食べて、仕事に戻りなさい」


 「痛てぇ。親父にもぶたれたことないのに」


 「甘ったれるな、超絶甘党人間」


 さて、こいつの監視役など御免だ。職場見学という目的なら充分に果たしたし、もう一匹敵が潜んでいると分かっている状況で、これ以上の危険な目に合うのは嫌だ。私はこの辺で潮時だろう、帰るとするか。


 「お姉ちゃん。もしかして帰るつもりなの?」


 「ここからは専門的な仕事しかないんだろ? 私が居ても役に立たないよ。今日にあった事は、絶対に公言しないから、安心しなさい。私は一足先に家に帰るよ」


 素っ気ない態度で、私を呼び止める弟を無視すると、朝に歩いてきた石造りの階段へと向かった。陰陽師という物がなんなのだ、あれだけでは理解したとはいえないだろう。それでも……弟との家族としての距離は縮まった気がする。だからこそ、この辺で別れるのが、今後の関係性を保つ上でベストだと判断した。


 ★


 「で? どうしてこうなるのよ……」

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