猫耳
その場にいた全員がアホ面になった。それはもう訳がわからないという顔つきで、相良十次は呆れ果て、緑画高校理事長である渡島塔吾は苦笑い。後の連中は目を見開くなり、口を大きく開けるなり、頬にシワを寄せるなり、もうその場の空気が驚きを禁じえないという感じだった。
勝てるわけないじゃん。戦ってみるってどういうこと?
その意味不明な発言に全員が理解不能になった。
「お前、気は確かなのか?」
「まぁ、勿論。勝てないとは思っているにゃぁ。だって、私は火属性の巫女に対し、相手は水属性。相性は誰よりも最悪。おそらく竜宮真名子の状態だったとしても勝つのは至難。それどころか、レベル4の規格外なパワーまで持っている。私には万に一つの勝ち目もないにゃ」
「そこまで分かっていて、なんでわざわざ無駄に戦力を減らすことをする」
「う~ん。戦って勝つことが目的じゃないにゃ。戦闘も少しはする気分だけど、もっと私には狙いがある。柵野眼の目的は陰陽師の無差別攻撃ではない。奴の目的は現代の方針に逆らい自分勝手な行動を取る連中や、時代の変化に適応できない古臭い老害などの排除にゃ。逆を言うと、それ以外のちゃんとした陰陽師は生かすつもりだにゃ」
陰陽師に対し柵野眼は『乗り越えろ』と宣言した。つまり奴は完全に憎悪の気持ちだけで行動しているのではない、ということである。心のどこかで相良十次が自分を殺してくれる、そう思っている。
「奴の過去は知っているにゃ。昔の陰陽師組織のあり方が駄目だったから、こんあ悲劇を生んだにゃ。ならば、もう二度と、少なくともこの時代には、同じような出来事を起こさないように予防策を張れれば、万事解決ということだにゃ」
理事長は顎に手を当てて考えていた。今彼女が言った方法は、彼の頭にも浮かんでいることである。しかし、それでも懸念はいくつも存在する。いや、その障害により頭の中の選択肢から排除していたくらいだ。
「お前、なにをするつもりだ」
そう言いつつも相良十次も薄々は気がついていたはずだ。この乱世の時代を終焉へと導く、もっとも効率的かつ確実な方法を。誰もが納得し、これからの未来を守る方法を。
「相良十次を党首にするにゃあ。それも、安倍晴明様を党首と認定した時と同じ要領で。五芒星が全員で相良十次を党首と認めると言ってしまえばいいのにゃ。元より党首任命の為の五芒星。これからの陰陽師の未来を正しい者に導かせるのが我らが役目」
緑画高校の選りすぐりのエリートたちが賞賛の声をあげる。なるほど、その手があったか。古臭い老害達は縦社会の縮図が全てだと思っている。だから明確なリーダーが誕生し、そのリーダーが敷く規則であれば、彼らは従うだろう。また、もう党首の座が決まってしまえば、頂点争いの椅子取りゲームも終了だ。この天下一を決める争いも終了というわけだ。
相良十次が大手を振って妖怪を大切にし、家族や友達を大切にし、過度な男尊女卑やお家騒動を出来なくし、それでいて昔ながらの人々の生活を守る組織にしていければ。この舵を失った世界を救えるかもしれない。
と、ここまで聞くと、何もかも万事解決するように聞こえるのだが。
「無理だろ、それ」
そう。五芒星はたった1人しか現れない。五芒星のメンバーは全員で5人。しかもその中の一人は、今まさに退治しようとしている悪霊である柵野眼の媒介、竜宮真名子であるのだから。
「だから竜宮真名子を説得するにゃあ。彼女の願いは陰陽師機関が古臭い体臭を捨てて、この世界を守る真面目な組織になることにゃあ。それが叶うならば、彼女は協力するはずにゃあ。問題はむしろ、どこで何をやっているか分からない残りの三人にゃあ」
いや、竜宮真名子も問題だろ。つーか、柵野眼は陰陽師っぽくない陰陽師が嫌いなのだ。だから、エプロンドレスで猫耳なんぞつけている矢継林続期なんて、もう瞬殺されてもおかしくない。二人も五芒星が欠けてしまったら、いよいよ党首の授賞式が取り行えなくなる。
「残りの五芒星がどこにいるのか、わかるのか?」
「いえ、さっぱり分からないにゃあ。こればっかりは相良十次様が自分から探しに行くしかないにゃあ」
「そして自分には竜宮真名子の説得を任せろとでも言いたいのか?」
「そういうことだにゃあ。それとそこにいる学生服の連中にも、五芒星探しに協力して貰うにゃあ。これしか勝ち筋がないのにゃあ。いや、もうアイツには誰にも勝てない。上手い落としどころに着地するしかないにゃあ」
…………納得できるような、できないような。
残る属性は『土』、『木』、『金』。
そう思いつつも理事長は残りの五芒星の居場所を真剣に考えていた。彼は過去に自分の妻と捕獲不能の妖怪を求めて調べまわった経験がある。その中からおおよその目星はついていた。確証はない、前回の戦いでは全く力を貸してはくれなかった。今回も事情を説明したくらいで応戦すると思えない。
「前途多難だなぁ」
それでも引くわけにはいかない。出来る出来ないの領域ではない。
必ず成し遂げるのだ。
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