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抵抗

 柵野眼はなんとなく、この倉掛百花という存在が消えてしまった理由を察した。もう1つの人格が消えてしまったからである。奴は倉掛百花の死が世間に露見しないように存在を守っていた。父親に成りすましたり、陰陽師を寄せ付けないようにしたり。その効力が消えてしまったので、初めから『存在しない』、いや正確には八年前に死んでいたという事実が復活してしまったのだ。


 このまま事実確認を曖昧にするのはよくない。


 「転校生なので、まずは職員室に行ってきますね。まずは担任の先生に挨拶しないと」


 そう軽く言い放って廊下へ出た。クラスの大半は唖然とした顔でアホ面をしている。そんなことはお構いなしに、面倒だと感じつつも始業のチャイムの音を聞きながら歩き出した。そこですぐに担任の数学教師とすれ違う。当然、先生の脳内も倉掛百花の存在など消えてしまっている。


 「君は誰だ。見かけない顔だけど」


 「今日からあなたのクラスの生徒になります。転校生の竜宮真名子です。よろしくお願いします」


 「はぁ。いや、そんな報告は受けていないけど」


 「いいえ、そんな事はないですよね、先生」


 柵野眼は薄らとした笑顔で担任を眺める。次の瞬間に雷にでも撃たれたような顔つきになって、担任の先生は放心状態になった。柵野眼が洗脳したのだ。今更八年間の消えてしまった存在を記憶だけ書き換えるのは時間がかかる。それよりも転校生がいるという新たな情報を植え付ける方が手っ取り早い。


 人の脳を他人が操るなどあまり気持ちは進まない。自分の父親である倉掛花束は陰陽師の勝手な記憶喪失によって死んだ。その憎しみの気持ちが抵抗感に変わった。だが、ただそれだけのこと。


 「眼さま。なんなりと」


 「私は今日からこの学校の生徒。2学期からの転校生で親の都合で引っ越してきた。そう皆に朝一で伝えて頂戴ね」


 そう言うと、一緒に歩き出す。初めは洗脳など抵抗感があったが、やってみたら特に問題もなく普通に可能だった。妖力による精神汚染、感情を司る悪霊である柵野眼にとっては造作もないことだった。


 再びクラスの中に戻るが、クラスの雰囲気はやはり歓迎ムードじゃない。相模アリサが皆に向かって擁護をしてくれたものの、幽霊疑惑や不審人物だと思われているようだ。クラスが恐怖で一色に染まっている。タブレットを持っていた男など半べそをかいている。クラスメイトの怯える姿が、眼の神経を逆なでした。煩わしいな、本当に。そういう顔で柵野眼はため息をついた。


 次の瞬間に、クラスメイト全員が、先ほどの担任の先生と同じような放心状態になった。頭を下に向けて、その後に動かなくなる。手は力なく垂れ下がり、手に持っていた持ち物は全て床に落とした。シャーペンや携帯電話が床に散乱する。クラスメイトの目が真っ黒に染まった。


 「なんだ、思ったよりも簡単ね。私は皆と仲良くしたいの。だから良い子にしていてね。取りあえずは竜宮真名子として滞在するかな。面倒だし」


 そう言い終わる頃には全員が柵野眼に洗脳されていた。


 「「「眼さま、ご命令を」」」


 「うるさいよ。全員で声を揃えて騒ぐな。これから皆で始業式に行くの。それくらい分かれ」


 ★


 倉掛絶花は絶望していた。心の底から自分を悔やんでいた。父親を殺したのは自分の姉だ。だが、姉の父親と姉自身を殺したのは自分の父親だ。間接的も直接的も関係ない。これが倉掛絶花に与えられた苦しくも残酷な間違える事のない事実なのだ。泣いても、笑っても、もう何も変わらない。


 学校をズル休みしたので、絶花には時間が出来ていた。相良十次とコンタクトを取ってみたが、父親を失った辛さを忘れるまで自宅待機と言われてしまった。彼は忙しそうに柵野眼討伐用意を進めている。協力したい気持ちはあるが、当事者である自分が、渦中にいる自分が、原因の末端である自分が、どの面下げてプロジェクトに参加するというのだ。感情のブレは自分自身を死に追いやる。仲間を危険に晒す。そんな奴が党首様の腕をわずらわせるわけにはいかない。


 苫鞠陰陽師機関は既に活動を停止している。姉を打倒する手段など思いつかない。あの五芒星の一角である竜宮真名子の妖力を素材とした、最強の悪霊である柵野栄助の遺伝子を付け継いだ、捕獲不能レベルの妖怪の力を超えた龍生九子の一匹を持ち、なにより陰陽師にすごく大きな怨念を持っている倉掛百花に。自分は勝利できるのか。


 データ的に見れば確実に不可能である。レベル3だって絶花一人で倒せる範囲ではない。それどころか、レベル4など強さが未知数ではすまない。陰陽師が何人がかりで立ち向かっても適う相手じゃないだろう。姉と絶花が共有していた唐傘お化けとも全く連絡がつかない。この調子では姉の弱点も調べられないだろう。下手な調査でも始めようものなら、すぐにバレそうな気がする。


 「それでもお姉ちゃんを助けたい。だって、俺のお姉ちゃんだから。家族だから」


 倉掛絶花はある場所へ行くことを決意した。

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