威嚇
「どこの誰だって?」
思わず聞き返したくなるほど、意外な人物だった。誰も顔など見たことがない。正体不明の陰陽師なのだから。本来、五人しかいない属性を司る巫女は人前には姿を現さない。竜宮真名子と同様に、箱入り娘として、外界に姿を現さずに生きていた。他のどの陰陽師でもなく、そんなレアな存在がやって来るなど、相良十次は予想していなかった。
「いえ、ですから」
「聞こえている。言い直さなくていい。取り敢えず悪霊の妖力ではないんだな。柵野眼が変身能力でやってきたとか、そういう可能性はないんだな」
「ううう、酷い。間違いなく本物だと思いますよ。だって、えっと、その~、うん」
何故か苦しそうに声が小さくなる目目連。障子から見える目玉が、明らかに相良十次の目線からズレている。何か言いにくいことでもあるように。
「なんだ、妖力で分かるだろ。量じゃなくて質で。柵野眼は水属性の陰陽師の波長だ、だったら火属性をしているかどうか」
「いえ、実はそんな科学的な根拠ではなくてですね。もっとシンプルな理由で断定できるのです」
「はぁ?」
★
「世界の平和を守るため。愛と勇気の最強陰陽師、人呼んで『業火に燃える熱血の巫女』。人呼んで『この世の悪を断罪する悪夢の死刑執行人』。人呼んで、『絶対最強無敵なスーパーヒロイン』。人呼んで……」
「おい、誰かコイツを黙らせろ!!」
招かれざる客が、この新御門城へとやってきた。その名前を矢継林続期。『五芒星』と呼ばれる党首よりも地位の高い陰陽師の中でも、火を司る巫女である。持ち合わせている妖力からはっきりと規格外だと感じ取れる。政治的な権限を持たずに、陰陽師存続の危機が訪れた時だけ、世界を守る架橋となる陰陽師だ。
「ま~自己紹介なんて面倒なので、手短にするにゃあ。この私こそ日本一の陰陽師であり、世界を救うう架橋となる為、この腐りきった世の中を正すために、ありとあらゆる研鑽を積み、地元で喫茶店のアルバイトとかしながら、日々悪を断罪する為に……えっと、えっと、え~っと、にゃぁ」
「おい、誰かコイツを本当に黙らせろ!! 全然、手短じゃねーよ!!」
ギャラリーと化した緑画高校の生徒たちも色んな意味で驚愕の顔を浮かべている。彼女は巫女服など着用していなかった。その服は際どいスカートの丈をした、胸元が大きく開き、頭に仰々しい猫耳の飾りのついたエプロンドレスだった。つまりウェイトレスの格好をした女の子が現れたのだ。確かに倉掛百花はこういう物には縁がない女だったと、相良十次も思い出す。
身長は低い、顔は小柄で猫目をしている。髪は茶髪であり、猫耳が黒いのでとてもわかりやすい。黒いドレスなのだが、服の端々には白いフリフリがついていて、いかにもオタクが喜びそうな痛々しい服である。更には尻尾まで見える、あれも服の一部であるなら、かなりの徹底ぶりだ。服装自体はとても似合っており、可愛らしさがにじみ出ている。しかし、とても陰陽師には受け入れがたい代物ではある。
「私が世界を救いに来てやったにゃあ。大船に乗ったつもりで」
「誰かコイツを城から放り出せ」
「もーつれないにゃあ。相良十次様ぁ! せっかく『五芒星』の一人である私が直々に党首を任命しに来てやったのに」
安倍晴明も過去の五芒星のメンバー5人に選ばれる形で陰陽師機関党首となった。まあ、現代でもそれをしようとする心意気は分かるのだが、如何せんその格好で言われても説得力がない。
「へぇ、君が五芒星の火の巫女である矢継林続期ちゃんなのかぁ。こんにちは、僕の名前は……」
苦い顔をして顔を見ようとしない相良に呆れたのか、理事長が手をハの字にしてフレンドリーなスマイルをしながら、ヨタヨタと近寄る。この辺のアクシデントに動じないのが、渡島塔吾の強みだ。
「あっ、私はオッサンは触るのNGなんで。あっ、その距離で。息が吹き掛かると困りますから」
さっきのふざけた語尾や砕けた口調は一切なく、女子が本気で嫌がる声のトーンを使い、威嚇する猫のような鋭い目で理事長を睨みつけた。あまりにショックに理事長は白目を向いてその場に固まってしまう。
「すみません。オッサンは駄目なんです。消火器を吹きかけたくなる病気なんです。もう本当にゴメンなさい」
謝る気持ちなど一切なく、ただ軽蔑の感情だけを込めて言い放った。その場の空気が凍りつく。相良十次は唖然とした顔で、口を大きく開けて矢継林を見ている。緑画高校の生徒も同じような感じだ。
「それよりも、党首は俺で本当にいいのか? って俺が言うのも変だけどさ。『水』はともかく、残りの三名は、俺を認めていないから現れないんだろう」
「そんなことないにゃあ。昔は清楚で神聖で神々しい存在だった『五芒星』も、今では全員女の子にゃあ。仕事忘れて寝てたり、別件で忙しかったり、そもそも世界の危機だとか考えていなかったり、自由奔放に我が儘に日々を過ごしているだけなのにゃ。認めないとかじゃなくて、そもそも果たすべき使命が頭にないにゃ」
「そこまで落ちぶれたか!! 五芒星!!」
ある意味では竜宮城にいた水の巫女である竜宮真名子の在り方が間違っていたのかもしれない。現代に合わせて陰陽師の在り方が変わってきているように、彼女のライフスタイルも変えるべきだったのだ。箱入り娘なんて、そんな教育方針であるべきではなった。それが今回の惨事を招いた理由でもある。
「まあ五芒星は誰ひとり連携が取れていないから、残りの三人の所在とかさっぱりにゃあ」
「語尾を直せ、この野郎」




