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審判

声の主は竜宮真名子と瓜二つの女性。竜宮城の乙姫様であり、竜宮真名子の母親だった。娘がいなくなりそうで慌てて駆けてきたのだ。今の戦闘の一部始終も全て見ていただろう。娘が変わり果てたのは目視しているはずだ。それでも彼女は手を柵野眼の方へ伸ばしてか細い声で名前を叫ぶ。


 彼女は負い目を感じていた。自分が規定を破って娘を外に出したせいで、娘は浚われることになった。それどころか、彼女は知らないだろうが、竜宮真名子は死んでしまった。母親である彼女はそれを心に重く受け止めて、帰ってきた彼女をまた外へ出したくないのだ。なるべく竜宮から出て欲しくない。だからこそ、七巻龍雅との婚姻を止むなく認めたのだから。


 「真名子、いかないで」


 乙姫様は泣きながら訴えた。例え娘が悪霊に変わろうとも、もう自分と一緒に暮らした娘でなかろうとも、目の前にいる彼女だけが、心の寄り代だったのだから。乙姫様は絶世の美女である、その彼女が苦しみに落とした涙は、心に来るものがあった。まるでドラマの母と娘の別れのシーンみたいだ。勿論、乙姫様は演技ではなく本気なのだが。


 「私があなたの娘に見える?」


 倉掛百花の返答は厳しかった。虚ろな目で母親を見つめる。絶花は心の底では乙姫様に諦めて欲しいと願った。乙姫様も陰陽師関係者である、今ここで柵野眼に殺されてもおかしくない。彼女の命を守る為には大人しく退散して欲しかったのだ。


 「見えるよ。どんな姿になったとしても、あなたは私の娘よ。愛している、だから」


 「このまま牢屋にでも入れ込んで、今度こそ外界に行かないように世界から隔離しようと言いたいのでしょう。お母さんはそういう人だから」


 「私はあなたを守りたいの。そんな姿で外にいれば、陰陽師から殺されるわ。だから……」


 「馬鹿ね、お母さん。わざと私を狙わせるの。私を殺しに来るように。自分から探して見つけるよりも、ずっと楽でしょ?」


 ずっと黙っているつもりだったが、絶花がここで声をあげた。乙姫様から自分の方へ注意を向けさせる為である。彼女はありのままの自分で向き合い過ぎている。このままだと命が危険だ。


 「引き寄せて、どうするつもりなの…………」


 思惑通り姉はゆっくりと絶花の方向を向いた。やはり頭は少し下がっていて、腕も垂れ下がっている。


 「殺す。全員、殺す。新旧問わず、陰陽師は全員殺す」


 やはり、想像していた最悪の回答が返ってきた。姉が陰陽師を恨む理由は多々ある。それが理解できない程に絶花は阿呆ではない。だが、乙姫様はそれが理解出来なかった。彼女は竜宮真名子がどうしてこのような姿になってしまったのか知らないのである。再開して会話をした時間はわずか数分。彼女に竜宮真名子の壮絶な変貌の背景を理解できるほど情報は入っていなかった。


 だから乙姫様は驚愕の顔を浮かべた。絶望に満ちた言葉にならない苦しみに引きつった顔である。


 「言ったでしょう。私は悪霊の統括する二代目よ。だから……」


 「真名子、そんなことはやめて。全部、お母さんが悪いんだから。他の誰も悪くないの。悪いのは私なの。だから殺すなら……私を殺して!!」


 その言葉は絶花にも響いていた。乙姫様の覚悟を察することができる。彼女は死ぬ気だ。死ぬ思いで柵野眼と対峙しているのだ。今までの自分の贖罪を背負い、苦しみを吐き出すように。


 ★


 「言掌ことのて


 後方へと乙姫様が吹き飛ばされた。柵野眼は全く動いていない、モーションなど一切なく、ただ何か聞き取りにくい言葉をボソッと言っただけで、衝撃波により彼女を3メールほど地面に引きずったのである。


 絶花は慌てて乙姫様の元へと駆け寄る。彼女はまだ意識があった、痛みがあるだろうが命に別状はないように見える。彼女の美しい十二単が砂埃に塗れて汚くなってしまった。倉掛絶花には柵野眼が手加減したように思えた。先ほどのムカデを解体した時の斬撃のような傷ではない。まるで衝撃を与える表面積が広かったように思える。


 「お母さんは生きて。その方があなたにとって不幸せなのでしょう。いつまでも自分の娘を箱に閉じ込めて、外に出したら目を離した。その罪を背負って生きてください」


 さっきまで虚ろだったのに、今度は笑った。狂気に満ちた嘲笑あざけわらうような感じではない。まるで人の不幸を楽しむように、ニンマリと少しだけ唇を釣り上げて顎を引く笑い方だった。


 「お姉ちゃん……」


 「絶花。わかるよ、その気持ち。私が怖いのでしょう。でも大丈夫、無差別殺人をするつもりはないの。いわばこれは審判よ。陰陽師の世界を新たなる正しい道へと導く為の審判なのよ。私という絶望から人々を守れるのか」


 人間は共通の目的があると敵同士でも協力し合える。今の陰陽師は安倍晴明の子孫を絶たれて後継がいなくなり、党首不在の大混乱状態だ。地方の機関は統率が無くなり解体状態である。皆が規範意識を持たずに我が儘に動いている。あの七巻龍雅もそうだった。だから、もし柵野眼という明確な共通の敵が現れれば、この対戦が新しい党首である相良十次の株を上げるならば、陰陽師の世界は救われるかもしれない。


 と、理屈だけは、こうなる。


 「乗り越えられないなら、陰陽師は全滅するだけよ」

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