半分
弟が傘を開いた、そのバシッという特有の音と共に、何か得体の知れない何かが響き渡った。こいつは何かをした。
「宵氷は一定の対象物を『ひとつ』だけ停止させる能力だ。時間を止めるのではなく、流血のように体中を流れ出る妖力を、一定時間だけ行動不能にする。云わば医者で言う『止血』だ」
だが、起こった現象はそうはなっていない。操られていた全員が動きが止まっている。あの悪霊も巻き込んで。どうも妖力だけではなく、体の動きすらも止めているように感じる。
「動きは止めた。これで数でどうにかする戦法は封じたな」
効果を拡散させたのか? さっきの傘を開くモーションで。私は陰陽師の知識なんて知らないのだが、確実に今の一瞬で戦況を引っ繰り返したのは分かる。
「悪霊。お前は今、俺の能力について考えているな。最近の研究で悪霊にも知能や感情があるって話を聞くしな。だからこそ、割に合わない結果に結論をつけられない」
一回に一度の拘束した出来ない。それを複数人を縛っている。
「簡単だ。ここにいる百名以上の人間全て……一人ずつに技を打ち込んだ。理論的には可能だろう。現実的には不可能だけど」
弟が前の祭壇から離れ、静止して動かない観客を無視して悪霊の方へ近づいていく。
「洗脳は確かに有能な能力だ。だが、相手が悪かったな。妖力をもっと分散せずに相手していれば、可能性はまだあっただろうに。俺はこの空間に初めから仕掛けをしていた。仲間を建物の裏側に回せて、俺の能力が上手い具合に乱反射するように。目に見えないチームワークだったって話しさ」
そう言えば、朝に確かに奴は仲間がいると言っていた。胡散臭いと思っていたが、ちゃんと意味を考えた配置だったのか。一方向から攻撃するだけがチームワークじゃない。
「化鯨が目に見えない妖力の粉を振りまき、空気中に拡散させた。俺の能力は密閉した空間でこそ輝くからな。無駄な儀式も無用心なバトルフィールドも、全てはお前を油断させる為だ」
私も騙されていた事になるな。どうしようもないザル守備だと思っていたが、それは相手に安心感を与える為の細工だったのだ。
「ぐっぐっぐ……」
「片方はお前の親族だろ。お前を誰も嫌っていないってさ。お前の為にこんなに泣いてくれる人がいたんだ。お前ならまたやり直せるさ。だから……誰かの足を引っ張る真似だけは止めろ。ここにいる人達は、前を向いて生きていかなきゃいけない人達だ」
悪霊を悟しているのか。どうも効果があるとは思えないが。真剣な顔をして見ていると……数分後……悪霊は足から砂になるように自然消滅した。追い詰められて逃げ出す手段が無くなったのか。それとも成仏したのか。
「妖力の反応がない。終わったな……半分は……」
そうだ、この祭壇に集まったのはもう一体いる。誘き寄せた悪霊は一体ではなかった。
「駄目だ、女の方はすぐに位置が特定できたが……もう一匹が感知できない。どうやら洗脳能力じゃないみたいだな、擬態系か?」
勝負は決したはずなのに、まるで油断がならない状況だ。冷や汗を拭う。進展した状況といえば、先程まで洗脳されていた皆が正気を取り戻したという点だろうか。
「悪霊め、ここまでよ。諦めて降参しなさい」
「お姉ちゃん。その安っぽい挑発は止めて。もう完全に悪霊の波長は感じられない。もう無駄だ。完全に逃げられた」
それは何か? 私が何もいない空間に、『諦めろ』とか『降参しろ』とか、いかにもバトル漫画くらいしか使わないような単語を連発した事を馬鹿にしているのか。
「逃がしたのなら追いかけなさいよ」
「どっちの方向に逃げたのか、これっぽっちも情報がないのに、どこをどう調べるつもりなの? 無茶苦茶言わないでよ。それに……この場を収集しないと」
★
理由説明などない。ありのままを話す事も出来ずに不運な事故として……記憶消去とかしてた。どういうシステムで、どういう具合に済す技なのか、皆目検討がつかないが、私にとっては関係のない話だ。
「お前……いつもこうやって……なんというか……誤魔化していたのか? この汚職現場に蓋をしていたのか?」
記憶消去だが、最後に恋愛成就のオマジナイをするから、陰陽師から祈りのプレゼントとか、バレやすそうな嘘を並べていた。人に見られたらオマジナイの効果が薄れるとか言って、一人ずつを個別に建物の外に出す。そして、一人に一人が駆け寄って速やかに解決していく。
「弟よ、お前は手伝わないのか?」
「手伝わないよ。俺は指揮官だから。ああいう雑用は下っ端の仕事だよ。俺の仕事はもう一匹を倒すことだけ。悪霊が壊した窓ガラスの処理とか、来客対応とか俺はしないの」
「お前って本当に良い根性しているよ」
そのうち部下から寝首をかかれないだろうか。ちょっと天罰的な感じで弟に災難が降りかかることを祈る。
「まあでも、これで半分は仕事終了だ。糖分を摂取せねば」
「おい、少し待て。私の記憶消去はいいのかよ」
「いらないでしょ。俺のお姉ちゃんだし」