体操
目的は言うまでもなく挑発である。出来るだけ奴から冷静さを奪い、その上で自分と相手の位置を入れ替える。この鬼神スキルは絶花の専用技なので陰陽師の世界にも認知はされていない。絶花もなるべく使わないで勝利できるように心がけている。だから先読みして躱される心配もいらない。
馬鹿みたいに突進して、馬鹿みたいに噛み砕け。その瞬間にお前の敗北が決定する。
「大百足の伝説は使い手のお前なら知っているだろう。琵琶湖に住む龍神の娘が大蛇に化けて勇者を搜索し、藤原秀郷に退治を依頼した。今も同じような状況だな」
「英雄の姿を自己投射しているのか? 妄想癖なんて気持ち悪いだけだぜ。俺が主人公でお前が雑魚だ」
なかなか油断した動きをしてくれない。奴が髪の毛を気にしている時は、ムカデは一歩も動かなかった。しかし、奴が冷静さを取り戻すと一気に攻撃してくる。ウネウネした予測不能の不規則な動きには、タイミングを合わせられない。単純な攻撃を仕掛けてこない。
「弱点は唾液だ。それを付着させられれば……」
藤原秀郷は奴の退治に弓と矢を使った。唾液は矢に付着させたのだ。しかし、絶花にはそんな都合の良い飛び道具がない。しかも奴は一千年前の一匹で暴れまわっていた時よりも強化されている。七巻龍雅という相棒を持ち、陰陽師から妖力を吸収し供給をおこなっている。そして、奴の指示通りに動いている。
「捕獲不能レベルを語るだけの実力はあるってことか」
ムカデの動きを注意深く観察するも、どうしても妙手が浮かばない。やつの牙から逃げ回ることが精一杯で、十分な観察の時間すらもらえない。森林に追い込まれないように横を意識した逃げ方になっている。
「知っているか? 全国の学校で組体操なんざ廃止されるんだとよ。俺は大賛成だ。あんな全員が参加意欲のない、ただ苦しいだけの危険かつ苦痛を伴う競技なんか必要ない。運動会の練習でピラミッドをやって、人生のどの辺の教訓になった? せいぜい大人の言うことをちゃんと聞く言いなりにする為の伝統行事なんだよ!!」
奴自身が遂に動き出した。御札を固めて作る剣『蓮柱』を生み出し、絶花に向かって振りかざす。間一髪で後方に回避した絶花、おかげで奴の剣がムカデの甲殻に当たる。ムカデのボディは軽々と剣を弾いてみせた。
「ちなみに騎馬戦と棒倒しと応援合戦は好きだぜ。危険を伴うとしてもな」
「俺はそういう団結力を伴う競技の方が嫌いだな。ピラミッドの方がマシだ」
「なんだ? ピラミッドのどの辺が好きなんだ?」
「俺は身長が低くて体重も低い。だからピラミッドでは俺が頂点になる。他の奴らが苦しんで耐えているのに、俺は痛くない。上から俺の土台が歯を食いしばっている姿が最高だ」
「そうか。俺は体格が良かったから、一番下で面白くなかったよ!!」
「底辺だったか、お似合いだ」
絶花が意を決して化け鯨を御札から取り出した。防戦一方ではいずれ負ける。それならばこちらから打って出て、奴に戦闘の意思を見せて動揺させてやる。化け鯨が奴を咥えれば運気は無くなり、奴は平常を保てなくなる。大百足が阻む為にそう上手くはいかないが、決まれば『鐚塗』を使用せずとも致命傷になる。
「それで? どうして俺に運動会の話を持ち込んだ?」
「実はこの話はここまでは教育界では有名なんだがな。実はこの先に少し続きがあるんだよ」
「続き?」
「あぁ。組体操が駄目って言われる代わりに推奨されている競技もあるってことさ」
絶花の折りたたみ傘が遂に七巻の蓮柱を砕いた。地面に御札の姿に戻ってバラバラになる。追撃を与える気持ちだったが、すかさず大百足の刃が襲ってきたので、深追いはせずにまた後方へ飛ぶ。上空を泳いでいる化け鯨が入れ替わるように七巻に襲いかかるが、ムカデの黒光りする硬い甲殻がそれを許さない。すぐに七巻の上空を覆ってしまう。
「なんだよ、推奨されている競技って」
「ムカデ競争さ。やったことあるかい?」
「知らないな。俺の地域では少なくとも無かった」
果敢に七巻本体を狙って猛攻撃を仕掛けて倒すか。当初の予定通りに『鐚塗』を使って奴を毒牙に噛ませるか。この緊張感のある駆け引きが絶花の心を押しつぶした。いつまでも逃げられない。体力も妖力も限界がある。それを考えた上で戦わなくてはならない。
「そうかい。でも二人三脚くらいは知っているだろう。それをもっと複雑にした競技だ。複数人が一定の物に身体の一部をつなげた状態で前進する。掛け声や笛の音でタイミングを合わせるんだぜ」
「うっわ。俺の大嫌いな競技じゃねーか。でも組体操よりも奨励されるのは分かる気がする」
皆で一緒に団結して、力を合わせて、リズムを合わせて勝利を目指す。教育者が偉そうに語りそうな内容だ。
「これは社会の変革をも表していると思わないか? 組体操は戦いの要素はないが、ピラミッドという競技は危険を伴う。ピラミッド社会は危険なのだ。それよりも皆で一致団結して戦い、そして勝利を目指す。社会がピラミッド社会を否定して、ムカデ社会を形成しようとしているのさ」
「嫌だね、縄に縛られた社会なんて」




