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心中

父の右手には包丁があった。家庭で一般的に使われるような、なんの変哲もないただの包丁。それを今、倉掛百花に向けて突きつけている。実の娘に対して、目線から一直線に。倉掛百花はこれでもかというくらい怯えている。半泣きの状態で両足を震わせている。私の脳内に言葉が思い浮かんだ。


 『今日だけでいい。今日だけ私と一緒にいて』。


 倉掛百花の言葉だ。あの子はずっと自分の死期を分かっていた。父親のエンジニアとしての仕事が破綻した。工場は潰れ、職を失って、明日を食べていくことが出来なくなった。支えてくれる妻も彼にはいなかった、その記憶すら陰陽師に奪われて脳内がグチャグチャだったのだろう。


 倉掛百花の死因。それは父親との無理心中。


 彼女が陰陽師の情報を嗅ぎまわった理由は、母親に合う為である。それは『一度でいいからお母さんに会ってみたい』、なんて生易しい領域では無かった。彼女は助けを求めていたのである。父親の言動がおかしかったから、殺されるかもしれない事を察知していたから。母親に保護を求めていたのだ。いや、母親でなくても良かったのかもしれない。あの子は竜宮で働きたいと語っていたのだから。


 だから私に相談したのだ。倉掛百花は竜宮真名子に。自分を助けて貰うために。陰陽師に家族を引き離され、父親の人生を破滅させた陰陽師に、彼女は恥もプライドも捨てて助けを乞うたのだ。それがどれほど苦しいことだっただろう。どれほど惨めだっただろう。それでも死ぬよりかマシだったのである。


 「嫌だ……死なないで……百花……」


 涙が溢れた。私は外界の世界を何も知らなかった。陰陽師が世界を守っている絶対的なヒーローだと思っていた。でも結果は違った。幸せになるべき家族の未来を奪った。それも、お家事情で、つまらない伝統意識で。それが分かったから過去の私は心酔するように、倉掛百花に協力しようとしたのだ。


 百花は詰め寄る父に対して後ずさりしながらゆっくりと逃げていたが、とうとう部屋の隅に追いやられてしまった。もう逃げ場はない。百花がギュッと両目を瞑った。ボロボロと恐怖の涙を流しながら、震える両手を胸に置いて。両膝を折り縮こまった。なまりの嗚咽で肩が上下に動く。死を覚悟しているのだ。


 「嫌だ、私の……私の初めての友だちなんだ。やめて、やめてよ」


 涙が溢れた。今にも殺されようとしている百花を見て。心が痛む、目が痛い。どうしてこんな悲惨なことになってしまったのだろう。


 『真名子。友だちだよ』。


 『うん。友だち』。

















 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 駆け出していた。押し入れの障子を勢いよく開き、半泣きの状態で駆け出していた。まるでお姫様が着るような動きにくい服装で、自分なりの全力のスピードで、叫ぶことで恐怖を吹き飛ばしながら。百花、死なないで。どうしてもあなただけには死んで欲しくないの。そんな気持ちだけが自分の中にあった。それだけだった。それ以外には何もなかった。


 そして。


  

 刺された。倉掛花束くらかけはなたばに。


 ザックリを腹部をひと突きだった。勢いよく血飛沫が飛び散った。私の口から血が流れる。目の前が真っ白になった。左肩から地面に落ちる、受身など取れない。地面に鮮血が広まっていく。死ぬ痛みが私を襲った。


 倉掛花束は唖然としている。なにせ全く身に覚えのない少女が、いきなり自分の娘を殺す際に割り込んできて、そしてその子供を殺害してしまったのだから。予想外の人殺しになった。まだ何が起きているのか分からないといった具合に、キョトンとしている。そして、赤く染まった自分の右腕の中になる包丁をまじまじと見ている。


 次の瞬間に………………倉掛百花を刺した。倉掛百花は私が死んだ際に恐る恐るでも私の方へ近づいてきたのである。私を慈しむ為に。自分の為に体を張って守ろうとしてくれた、私に寄り添うために。そこを父親に狙われた。這い寄る体制で私の腰の部分まで手を伸ばしていた百花を上からひと突き。また似たような鮮血が飛び散った。私の死体の上に覆い被さるように横たわる倉掛百花。彼女もまた死んでしまった。


 ここに二人の死体が二段がさねで積み重なる。


 倉掛百花と竜宮真名子。


 ★


 「ねぇ? 私の言った通りになったでしょ? まなこ


 死んで……ないのか? いや、私も百花も死んだはずだ。なのになんで?


 「誰だ……お前は……」


 「私の名前は柵野栄助しがらみのえいすけ。偉大なるレベル3の悪霊にして、お前の母親だよ。今日からお前の名前は柵野眼しがらみのまなこだ。喜びなさい。あなただけよ。あなただけが私の娘を、私の後継者を名乗っていいのさ」


 「…………私は?」


 「私の実験に加担するように頼んだのさ。生前の倉掛百花ちゃんにね。私の娘になるように。あの子ったら陰陽師の情報をちょっとだけ教えるためで、自分で何でも調べちゃった。こんな素敵なお友達まで連れて。これで『実験用具』は揃ったわね」


 お前か、倉掛百花に陰陽師の情報を擦り込んだのは。そうか、悪霊だったのか。自分の仲間を増やすために、倉掛百花を悪霊の仲間にするために。陰陽師との接点を持たせるために。全ての元凶で、この事件の引き金を引いたのは、柵野栄助だったのか。確か相良十次も語っていた。悪霊初のレベル3であり、悪霊の世界に『社会』を齎した、最悪の悪霊だと。確か私の夢ではない時間軸では、確かコイツはもう既に退治されてしまっているのだな。


 「さぁ、始めましょう。プロジェクト『レベル4』」

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