刺身
「はぁ。どうなることやら」
「あれ。乙姫様、お疲れですか? どうも気分が優れないようですけど。やっぱり急に結婚だなんてびっくりしますよね」
「あぁ。結婚はどうでもいいの。そんなこと承諾した覚えはないから。私が不安なのはもっと別のことだよ。これからこの城が戦場になるかもしれない」
もしかしたら絶花が私を隠密的に救出しようと試みているかもしれない。そう考えると、救出作戦による襲撃を示唆するような発言はまずかったかな、とも思ったが絶花がそんな面倒な作戦をするはずがないので、まあいいかと思った。本当の敵はここの陰陽師機関の連中でもないし。ただここは竜宮城であり、水を司る巫女が住まう地。おそらく土地事態に特別な加護があるはず。属性的には大百足が有利、地の利で言えば化け鯨が有利。さて、軍配はどっちに下るだろうか。この戦いの間に柵野眼は現れるのか。
悩むことは山ほどある。不安要素を多量に抱えつつも、今更どうしようもないので出たとこ勝負で立ち回るしかないのだ。
「おいしい」
乙姫様と呼ばれようとも、私はそんなに魚介料理は好きじゃなったのだが、ここの料理は本当に美味しい。一流の料理人とか、一流の食材経路があるのだろうな。気分最悪で不安により胃が痛いのだが、それでも精神的な外傷とは無関係に、料理は喉を通る。幾多の絶望を味わって私も少しは心が成長したのだろうか。今は立ち向かう勇気が心の中にある。
「乙姫様はやっぱり結婚に興味あるの?」
「ない。高校二年生だぞ。結婚に興味がある女子高校生がどこにいる。ましてやあんな身元不明の奴なんか」
いつの間にか七巻龍雅は私の母の方へ近づいていた。私との結婚式の段取りでも決めるつもりだろうか。顔が赤くなっている所を見ると、七巻が酔っ払っているのが分かる。肩に腕から乗っかられている、絡まれているのか、とても嫌そうな顔をしている。助け舟になろうと席を立とうとしたが、母親が片手で軽く払いのけるモーションをした。『来るな!』という意味だろう。私が近寄っても状況が悪化するだけだ。母親には申し訳ないがここは人柱になってもらうしかない。これから大戦争が始めるというのに、呑気なやつだ。
「ふむふむ。乙姫様は年上の女性は好みじゃないか」
「楽しそうだな、ポニーテール。別に好みの問題じゃなくて、今は解決すべき問題が多数あって、結婚なんて考えてられないの」
そういえば死後婚の時も、絶花に同じ質問をされたな。『結婚に興味があるのか』。はっきり言ってそんなものはない。恋愛感情を抱けるほど、私の人生は甘くないのだ。今は目の前のことに一生懸命になるべきだ。
「でもでも、結婚には興味なくても、恋愛には興味あるでしょ? 普通の高校生なら」
「その辺の学力底辺高校のギャルと一緒にしないで。彼氏とか募集していないし、ましてや家の事とか勉強で忙しいの。恋愛の為に生きているんじゃない。私は……、私は……」
そう言えば、今までの人生の中で『自分がやりたいこと』なんて考えたこともなかった。今までは家の仕事で忙しかったし、絶花が来てからは自分の身を守ることで精一杯だった。私は青春を味わうなんて考えたことがなかった。
「百花ちゃんは好きな人とかいるの?」
途端に随分と砕けた言い方になったな。しかも百花ちゃんって、そっちの呼び方なのか。確か私を感知能力で居場所を見つけたのはコイツだったな。私の苫鞠でのプロフィールを把握しているというのか。確かに私としては記憶喪失した後からずっと使っている『倉掛百花』という名前で接してもらったほうがいい。
「いないよ。男女共学の学校だけど。好きになった人とかいない」
「えぇ~、今日で夏休みは終わりだよ!! まずは五月・六月の文化祭で急接近する。夏には肝試しや夏祭り、プールにビキニで彼を引き立てる。十月になったら体育祭で憧れの彼に格好良い所を見せて貰って、冬休みでゴールイン、粉雪が降る寒空の下でキスが普通の高校二年生でしょ! 来年は受験なんだよ!」
「頭の中がお花畑か。少女漫画の読みすぎよ」
奥に座っているツインテールは澄ました顔で刺身を口にしている。私に詰め寄ってくるのはポニーテールだけだ。彼女はあまり恋愛話は嫌いなのだろうか。私も嫌いだから開放して欲しいのだが。
「せっかく美人なのに」
「そう? 別に告白どころかラブレターすら貰ったことないよ」
「う~ん。それは分かるかも。百花ちゃん、なんか気合いが入ると顔が怖いもん。いつもしかめっ面している気がする。折角の美人が台無しだよ。スマイルだよ、スマイル」
そんな蔓延の笑みをコチラに向けられても。私ってそんなに怖い顔をしているだろうか。ちょっと自分の顔を摘んで確認してみる。誰か鏡を持っていないだろうか。
「ちょっと、やめなさいよ。乙姫様は龍雅様の婚約者なのよ。乙姫様がこれまで恋愛経験をされてこなかったのは、きっと運命なの。全てを龍雅様に捧げるように神様が仕組んだのよ」
なんだろう、この発言にもの凄く腹が立った。急に会話に入ってきたと思ったら、私とあの酔っ払いが運命の相手だと。決して奴の為に今まで寂しい思いをしてきたのではない。家の仕事があって時間が無かっただけだ。腹立つな、このツインテール。
「あっ、怖い顔」
「やかましい!!」




