入社
「部屋に帰る。食欲を失った」
それだけ言ってすぐさま振り返り出入り口へと向かう私の腕を、七巻が思いっきり掴んだ。
「もしかして俺のこと嫌いかな?」
「自分の行動を振り返ってみろよ。自ずと答えが出てくるから。私は今が人生で一番に忙しいんだ。お前の野望なんぞに関わっている暇はない」
「おい。俺との結婚になにが不満があると言うのだ。俺はいずれ全ての陰陽師機関を従える長になる男だぞ」
夢は寝てみろ。なんて言葉を言うのも嫌なのである。もう関わりたくないというのが本音だ。コイツは何もわかっていない。レベル3の悪霊も、緑画高校の存在も、相良十次の存在も。怖いもの知らずなのではなく、きっと知識不足なのだ。この乱世の台風の目がどこにあるのか、正確には把握できておらず、目先の優位に目が暗んだのだ。
柵野眼は必ずこの場所に来る。私を守る為に。
倉掛絶花もここへ来る。私を守る為に。
おそらくそう遠くない未来で決着がつくだろう。倉掛百花と竜宮真名子との決着が。
ただこの七巻龍雅がただただ邪魔なのである。取り巻きの二人も連れて、もうどこかへ消えてしまって欲しいほどだ。だが、この勘違い野郎はそう簡単にはこの場を退陣はしないだろう。まだ自分の置かれている立場がわかっていない。私は一刻も早くこの竜宮内にいる非戦闘員には避難して欲しいと考えている程だ。だが、その訴えは受理されないだろう。今の私は記憶喪失であり、長年失踪していたから。ここにる人間の中では信用はない。
「そう嫌な顔するなよ。俺はお前のことを本気で愛するつもりなんだぜ」
「へぇ。私がレベル3の悪霊に追われている。そう言っても同じことが言えるのかな」
私は薄らとした目で奴を睨みながら後ずさりする。奴がプライドを傷つけられたことで、ここで気持ちが激高して暴れ回られても困る。下手に煽っても仕方がない。私の敵はこんな奴ではないのだ。
「俺の大百足は捕獲不能と言われる最強の妖怪の一匹だ。この俺が悪霊の一匹如きに負けるはずがない。いいぜ、返り討ちにしてやるよ。そのレベル3の悪霊とやら」
あの絶花でもレベル3を相手取るには、かなりの不安を語っていた。陰陽師機関現党首である相良十次は、レベル3の悪霊にかなり苦戦した過去も持っていると言っていた。緑画学園の理事長も最大限の警戒をしてレベル3の対処にあたっていた。
捕獲不能の妖怪と契約した力以上を三人とも持っているが、それでもレベル3を相手取るにはキツイのだ。ましてやこんな見込みのない男がレベル3の悪霊を撃退できるものか。だが、何かしらの戦力にはなるかもしれない。あれだけの図体の妖怪ならば、時間稼ぎくらいの役回りくらいはこなすだろう。
「残念だけど、私がこの竜宮から逃げ出すのは不可能みたい。仕方がないからこの場所で撃退するしかないわね。どうにかして無関係な人には私のそばにいて欲しくないな」
自分が悪霊に狙われていることを素直に告白すべきだろう。だが、信じてもらえない可能性もある。だから、この七巻龍雅に足止めをお願いして、非戦闘員の逃走時間を稼ぐ。そしたら、まああの馬鹿弟が助けに来てくれるだろう。
「さぁ、最終決戦よ。どこからでもかかってきなさいよ、柵野眼」
本当はこんな豪華な食事をするのは気分が冴えないのだが、ここは一芝居売ってでも七巻龍雅をこの場に留めおく必要がある。ご機嫌取りなんて趣味じゃないが、背に腹は変えられない。食事くらいはご一緒させてやるさ、なんて軽い気持ちで指定位置に座った。
「乙姫様!! この天ぷら美味しいよ!!」
隣にいたのは、私のことを感知して苫鞠の地を特定したポニーテールの少女である。随分と小柄の女の子だ、中学生くらいだろうか。私と違って随分と豪華な食事をご堪能している。その向かいにはもう一人の女の子がいた。こっちはツインテールで、来ている制服は互いに違う。彼女もにこやかな顔で寿司に舌鼓しているようだ。
「ねぇ、あなた達はいったい?」
私の質問に奥の女の子が片手をあげて即座に反応した。
「三上山陰陽師機関見習いだよ。今は陰陽師機関そのものが消えちゃったけど。だから龍雅様のご意志に従って、陰陽師世界の反乱に参加したの。陰陽師の力を手に入れたのに、このまま陰陽師になれませんでした、それじゃ面白くないからね」
今度は同じ手前の席に座っていた感知能力のある女の子が声を発した。
「私も概ね理由は同じかな」
「そうなんだ。でも不安とかないの? だって七巻龍雅は入社して一年も経っていない若手なんでしょ。陰陽師の世界を知り尽くした訳でもないだろうに。そんな世界を相手取るような作戦に加担するなんて」
「そのスリルがいいんだよ!!」
恐れを知らない若者のハイテンションというのは、時に困ったものです。まあこの二人は放置していても問題なさそうだな。ただ興味本位で七巻に付いてきただけの腰巾着だ。この二人がどれほどの実力者か知らないが、七巻の近くに置いておけば勝手に戦うだろう。




