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再開

 ★

 

 「困った事態になりました。まさかこんなことに……」


 私と母親は一旦、個室へと移動した。母親の体調が優れないのを理由に少し間を置いて欲しいと私から提案した。奴は気楽に要望をのんだ。その間に、あの血色の悪かった女性従業員どもが駆け寄ってきた。狙いは私の来ている服の交換だ。今日は家にずっといるつもりだったので、簡単な服装しかしていなかったが、ここではそれが許されないらしい。豪華で華やかな桃色の服に着替えさせられた。まるで仮装劇のお姫様、本当に乙姫様になった気分である。


 従業員もここで働いていることにプライドを持っていた。それをあんな男に踏み躙られることに腹を立てている。しかし、抗えない。上の決定に従うしかない。だからあんなに苦しんでいるのだろう。それを思うと、服を変える行為を止める気持ちにならなかった。


 この状況を私は受け入れるつもりはない。この話の流れから、本当にあたしは竜宮の巫女なのかもしれない。しかし、私には何よりも大切な記憶を失った後の記憶もある。学校の友だち、地域の知り合い、何より今まで私を育ててくれたお父さん。それらの人に対して、訳も言わずお別れなんてあんまりだ。なにより私の合意を受けていない以上は立派な誘拐事件だろ。


 「唐傘……。絶花にこの場所を伝えて。あなたなら出来るでしょ? 絶花の式神でもあるのだから」


 「勿論でございます。先ほどの会話の内容も全て伝えました。仲間を引き連れて今すぐこちらへ来るそうです。かなり焦っていらっしゃいます。どうやら苫鞠陰陽師機関でのアクシデントは、あの七巻なる男の妨害工作だったようです」


 当初、奴は悪霊が私を誘拐したとは思っていなかった。むしろ、陰陽師や妖怪が拐ったと仮定していた。つまり私を匿う苫鞠陰陽師機関の連中と戦闘になることを考えていた。だから別の場所を攻撃して、人員をそっちに移動させる作戦だったのか。そして本命は私だったと。食い違いはあったが、その作戦でまんまと絶花は家から出て行ってしまった。奴らの作戦が上手く機能してしまったのだ。


 私の本当の母親、乙姫様はもうしばらくこっちを向いてくれない。結婚の話や、竜宮の未来がかかった話でなければ、感動の再開として泣きながら互いに抱き締め合っただろう。だが、残念ながらそんな悠長な状態じゃないのだ。この殺伐とした空気が真実だ。今は気を引き締める時だ。


 「お母さん。ちょっといい?」


 私は部屋の隅で豪華そうな椅子に腰掛けて、項垂れるように地面を見ながら脱力している母親にゆっくり近づいた。自分が外界へと連れ出したばっかりに、娘に迷惑をかけた、怖い思いをさせてしまった、寂しい思いをさせてしまった。挙句の果てに竜宮そのものの危機になってしまった。後悔の念で押しつぶされているのは分かる。だが……。


 「お母さん。私はまだ諦めていないから」


 「へぇ?」


 「あいつと結婚なんかしないし、アイツの思い通りに事を運ばせない」


 「……真名子」


 「散らばったパズルのピースが集まりかけている。今まで自分の事がわからなかった。何も分からなくて、混乱して錯乱して自暴自棄になって、自分を不幸な人間だと思い込んでいた。でもね、ようやく色々な要素が私に集まりつつあるの。私は過去も現在も受け入れたい。自分が何者か分からなくて悩むより、自分が何者なのか問い続けたい」


 今の陰陽師の世界は混沌としている。きっと、相良十次は私を必要としているはずだ。あの人なら私が乙姫だと分かっていただろうから。この陰陽師の世界を復活させるには、柱である巫女の力が必要だ。少なくとも一角である私が『認めた』と言えば、評価は劇的に変わってくるはずだ。これは私にしか出来ないことであり、世界を救う手立てになる。その為には……。


 「真名子……私は最低な母親よ。箱入り娘として育て、外へと一歩も出さなかった。それを私は心のどこかで悔やんでいた。だから、私はあなたが少し大きくなったら、外界へと出して外の空気を吸わせる事をしたの。でも……それが原因で誘拐されるなんて」


 「それのどこが最悪な母親なの?」


 …………しばしの沈黙が続いた。母親が目を丸くしていた。


 「だって、私を守る為に外へと出さなかった。これは愛情でしょ。でも私を喜ばせようと思って外へとだした。これも愛情です。だから……お母さんは悪くない。お母さんはずっと……私のお母さんだったんだね。恨んでいないし、怒ってもいないよ。それよりも、また会えて嬉しかった。あたしにはあなたと過ごした記憶は無いけれど、それでも再開が嬉しい」


 本心をありのままに語った。今まで自分が何者なのか、ずっと悩んでいたのだ。ある意味ではその問題は救われたことになる。悩んでいた頃の私に比べれば、闘志が比較にならないほど沸いてくる。


 「真名子……あなた……私の事を恨んで……」


 「記憶があった頃なら恨んでいたかもね。でも私は記憶喪失だし。恨んでなんかいないよ? 私は知りたいの。もっともっと。自分が何者なのか。真実を知ること、それが私の望みなの。だから私に教えてください。『倉掛百花』という女の子のことを。お母さんは少しくらい知っているんじゃない?」

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