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聖地

 湖の景色が堪能できる美しい廊下を歩く。七巻という男を戦闘に私がその後を続いて、女子の二人が最後尾で歩いている。心の整理がつかず、精神の披露から私は赤色の手摺てすりに手を添えながら歩く。私の記憶が戻っていれば感動の再開になったのだろう。しかし、申し訳ないことに私は竜宮など少しも覚えていない。まるで家出をした少女が警察に連れられて親元に帰る気分だ。抱く必要のない罪悪感が胸を締め付ける。


 歓迎はされていないようだった。私たちが横切るたびに、ここで働いている人はうやうやしく頭を下げるが、顔は引きつっていた。私の帰還がまるで具合が悪いかのように。声を大きく張り上げたのは、門番にいた大男だけで、あとはお辞儀を理由に目線を逸らすだけだ。


 「陰陽師本部が瓦解して、陰陽師機関のほぼ全ては壊滅したって聞いたけど。ここは統率できているのね」


 「安倍晴明様が生まれる前から存在した聖地だからな。陰陽師機関の中でも別格という話さ。五本の指には入る名所だ。阿部清明様もこの場所を訪れているんだぜ。安倍晴明の能力の1つである『動物と話すことが出来る力』ってのは、この竜宮から頂いた宝物によるものなんだぜ」


 親切にも七巻は答えてくれた。ドヤ顔が気持ち悪いと思いつつも、取り敢えず黙っている。この三人、別に私の事を邪険にしている雰囲気は無い。だが、どうも捕獲した希少生物のような目線で私を見ている気がする。私を救出した、そして連れて帰ったという重い空気が流れていない。もっと、軽快な感じだ。


 「そして、ここが今日から俺とあんたの家になる」


 「はぁ?」


 「おっと、なんでもねぇ」


 随分と小声で早口だったので聞こえなかった。悪態をついてみたが言い直してはくれないらしい。後ろの二人のクスクス笑う表情に、どこか嫌な気分が漂う。コイツらの目的は偉い人を救出するという陰陽師の使命ではなく、何かもっと別の理由があるはずだ。七巻は私の家で『俺の戦争に必要』と言った。この竜宮に恩を売って何をするつもりだ。


 「お母さん、お父さん……」


 もし、今までの私の人生が別の誰かの代行役に過ぎず、本物の自分があるというのであれば……その自分が置いてきた物を、捨ててきた物を見なくてはならない。それは自分の過去と向き合う事だ。はたして私は平常心で冷静に落ち着いて話を出来るだろうか。


 「お帰りなさいませ。真名子様、奥様がお待ちです」


 「おう、通してくれ」


 ここを聖地だとか別格だとか表現していた割には態度が大きいな。もう少し謙虚な態度を取るべきだ。どうせ私を救ったことで報奨金を貰えるから、それに胸が躍っているのだろうな。


 「気分が悪い」

 

 小声でそう呟いた。会いたくない、両親に対して今更どの面下げて面会すれば良いのだろうか。どんな言葉をかけられるだろうか。どんな反応をされるだろうか。心の底から怖い。


 「どうぞ、お入りください」


 ★


 私の母親だ、一瞬でそう感じ取った。だって、私の顔と瓜二つなのだから。倉掛一輪とは比べ物にならないくらい信憑性がある。柵野眼が私に化けたのは所詮私のコピーだったが、あの母親は違う。適度にけている。そのくせに着ている服は、平安時代の女かというくらいの重ね着だ。様々な色を来てグラデーションさせている、十二単じゅうにひとえだったか。さぞ歩きにくかろう。そろそろ九月という残暑に体温は大丈夫か心配になったが、霊界は現界よりも寒いためい丁度いいのかなとも思う。


 声が出なかった。記憶を取り戻せていれば、感動の再開として涙ながらに母親に抱きついて、お母さんと何度も叫んだだろう。しかし、私はこの人との思い出が一切思い出せていない。母親だと確信して思うが、そこまでなのだ。彼女に対して何も特別な感情が湧いてこない。


 母親はというと、片目から涙が垂れている。嗚咽で声が出ないようだ。私をいつくしんでいる。私との再会を心から喜んでいる。涙が頬を通り地面へと垂れた。小さな手が私の方へと伸びる。成長した私を見てどう思っているのだろうか。そんなことを思いつつも、私も手を伸ばした。


 声を出さずに、ただただ右手を差し出す。握手を求めているのではない。私に触れようとしているのだ。震える手で、か細い手で、ゆらゆら揺れる手先で。私に触ろうとしている。私には感情は無い、思い出もない、この人を母親だと思えと言われてもまだ心が母親に対する家族愛を形成できない。それでも、今自分に出来ることは、お母さんの為に出来ることは、あの人の肌に触れることだから。


 互いに震える手が噛み合った。


 「おい、乙姫様よぉ!! 約束は忘れていないだろうなぁ!!」


 この感動の再会に暗雲が立ち込めた。声の主は七巻龍雅。その顔は極めて狡猾な狐のような笑みだった。憎たらしくて気持ち悪いような。顎をあげて、上から目線になる。両手をポケットに突っ込んだ。


 私の母親が涙ながらに七巻の方を睨む。下唇を噛み、眉間にシワを寄せる。そして私の体をからだいっぱいで抱き寄せた。その力強さが服の上からでも伝わってくる。お母さんは…………七巻龍雅に憤りを感じている。


 「もし娘を連れてくれば、誰であろうとこの竜宮の新しいあるじとなり、竜王となる。巫女姫との結婚を認めるってなぁ!! 今日からここは、俺の城だ!!」

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